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愚者00
conclusion
その日、ランディ·ギュスターヴが正式に【十一代目】を継承する会合がギュスターヴ本邸で厳(おごそ)かに行われた。
区画の顔と言ってもマフィアはマフィア。なので身内だけで会合は行われたが、この式典の様子は第五区画だけでなく【宿り木(ミスリル)】全区画に知れ渡ることだろう。
どこから発見されたのか、壇上に立つランディの肩には【首領(ボス)】を象徴(しょうちょう)する不死鳥と銃のエンブレムが刻まれたロングコートが掛けられていた。
かくいう私は彼の右腕であるルカの隣で、壁際に立ちその様子を見ていた。
ランディの背中をずっと追いかけ続け、この時をこの場にいる誰よりも心待ちにしていたであろうその少年は、
「…………………………」
誰がどう見ても分かるくらい、ずっと機嫌が悪かった。
あとになって聞かされた話だが、私とランディが第三層で壬(じん)と交戦していた間、同時刻にルカも第二層にて別件で戦闘していたらしい。戻ってきた彼と会った時、重症の怪我は負わないまでも、随分とズタボロになっていたことをよく覚えている。数日経った今もまだキズバンがあちこちで目立っていた。
その件が関係しているのか、以降ずっと彼はむくれたままであり、しかしその本当の理由は誰にも知り得なかった。
あまりにも殺気立っているので、心配した周囲の大人代表で私が理由(わけ)を尋ねたのだが、
「あの野郎の、ああいうなんでも見透かしてくる感じが大っ嫌いなんですよ……こっちがちょっと危なくなったらすぐフォローに入って来やがって……子供扱いするなっつの」
結局よく理由は分からないままだった。
そんなこんなで年若い隣人(りんじん)は会合中もずっとむっとした顔で立っていたが、それも最後まで進行する頃にはようやく殺気も薄れ、腹の虫も収まったようだ。
会合の最後に、新たなギュスターヴ首領(ボス)はこう締めくくる。
「――俺の元で動くことに不満があるやつは遠慮せずにここを出ていってくれ。だが、もし俺の元で尽力してくれるというのなら、俺はお前らに恥じない【首領(ボス)】になる事をお前らに誓う」
――以降、ギュスターヴ一家(ファミリー)から出ていく者は、誰一人としていない。
********
人気のない路地裏を、私は一人歩いていた。
賑(にぎ)わう街の喧騒(けんそう)も遠く薄れ、聞こえるのは己の足音と耳元でチリチリと揺れる【タグ】の音だけだ。
第五区画第四層。私はすっかり通いなれた、知る人ぞ知るバー【ピカロ】へ数週間ぶりに向かっていた。
しばらく歩くと、その見慣れた看板と扉が闇夜にひっそりと浮かび上がる。私は一瞬立ち止まり、そして扉を引き開ける。
――カランカラン、と扉に取り付けられた鈴が景気の良い音を立てた。
その音を聞いて、いやおそらくその前からなんとなく察していたのだろう、カウンターに立つ店主(マスター)が静かに迎えてくれた。
「いらっしゃい。今回は随分と日が空きましたな」
店主(マスター)の言葉に短く「そうだな」と返すと、定位置であるカウンター席に腰掛ける。
「ディーさんの継承式の後だろう?いいのかい、こんなところへ来てしまって」
さすが話が早い。と言いかけたが第五区画の新たな支配者が誕生したのだ、そこに住む人にとっては何よりも重要なことだろう。と結論付け、店主(マスター)の質問に答える。
「継承式後のバタバタがようやくひと段落ついたんだ。息抜きだよ」
継承式の次の日には新しい体制を築くための会議やら組織改革やら、本格的に活動が再開した。首領(ボス)不在の時は時で忙しかったが、これはこれで忙しい。
今日はここ数日ずっと動き回ってようやく貰えた貴重な休日だった。
店主(マスター)は穏やかに「そうですか」と返事をすると、拭き終えたグラスを棚に戻す。
「そう言えば、あなた様宛に伝言を頂いていましてな。しばらく姿を見せないものだから、ついつい忘れてしまうところでした」
「伝言?」
はて、てんで思い当たる節がない。そもそも私の知り合いでこのバーを知る人間が他にいただろうか。
私が頭を悩ませていると、ごとん、と音を立てて一升(いっしょう)瓶(びん)が店主(マスター)によって運ばれていた。
――そうだ、一人だけいた。
「『俺はしばらくここへは来れないから、この酒はふたりで飲んでくれ』とカタギリ様から言伝です」
それはあの夜、壬と初めて会った時に酌を交わした、あの珍しい東洋酒だった。
事前に伝言を預けていたということは、その時からすでに彼はもしかしたらこうなることが分かっていたのだろうか。ここへはもう、二度と来られないことが。
一度は完全に整理出来ていたと思ったが、その一升瓶を見た瞬間、私の中で様々な感情が渦巻(うずま)いたのを理解した。
その全部を押し込めて、私はいつものように店主(マスター)に返事をする。
――ここで情けない顔をしたら、壬は絶対怒るだろうから。
「そうか。じゃあ遠慮なく頂こう。店主(マスター)も一緒にどうだろうか?」
偶然にもあの日と同じくだりの展開になってしまった。そのことを店主(マスター)も察したのだろう、彼はくすりと笑うと、「では、仕事中なので少しだけ」とグラスを用意してくれた。
カウンターに並ぶ三つのグラスに東洋酒を注ぐと、店主(マスター)はショットグラスを、私は冷酒グラスを、そして残ったもう一つのグラスの前には、首に下げていた不細工なネックレスを置いて、各々(おのおの)グラスを掲げる。
打ち合わせは一切しなかったが、自然の流れで音頭は私が取ることになった。
「――乾杯」
音頭とともに三つのグラスが小気味(こきみ)よい音を立てる。
その音はひっそりとしたバーを越え、つい先日までの嵐が嘘のように澄み切った満天の星空の中に溶けて、そして消えていった。
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