top of page

13

 数日降り続いていた雨は過ぎ去り、温かな日差しが【宿り木(ミスリル)】に降り注いでいる。
 さわやかな風にあおられ枝の葉が揺れる中、私は白亜(はくあ)の墓標の前に立っていた。
 刻まれた名前は、【JIN KATAGIRI】。
 「……生憎(あいにく)と、東洋式の墓標は建てられなかった。これで許してくれないか」
 名の刻まれた石板を前に、私は柄にもなく冗談を口にした。
 
 あれから、私の【スレイプニル】の銃声を聞きつけて、その時第三層にいたギュスターヴの面子は集合した。
 私もランディの安否が気になり、その場に駆けつけた。
 左側頭部から血を流していたランディの顔は若干血の気が失われ、雨の中一時間以上もの間一人で銃撃戦を繰り広げていた身体(からだ)は満身(まんしん)創痍(そうい)だったが、しっかり自分の両足で立ち、命に別状は無さそうだった。
 部下達に囲まれ気遣う声に言葉を返しながらも、ランディは私目掛(めが)けて歩み寄ってきた。
 【スレイプニル】を使って狙撃を行った時点で彼に居場所はバレている。謹慎という命令に背(そむ)いて勝手にでしゃばった真似を、と今すぐに逃げ出したい気持ちを精一杯こらえて、私は彼が目の前に来るのを待った。
 眼前に立ったランディは誰がどう言おうとボロボロだったが、泰然(たいぜん)と立ち止まり、そして一言言った。
 「……済まなかった。ありがとう、良くやってくれた」
 ランディの謝辞(しゃじ)に私は咄嗟に返す言葉が思いつかず、口を噤(つぐ)んでしまう。
 そんな私を知ってか知らずか、ランディは後ろを振り返り「あとの処理は頼む」と短く言い残すと、誰にもその表情を見せずにその場を後にした。
 彼のいいつけ通り、残った構成員で後処理をする中、私は未だ血溜まりの中で沈黙する骸(むくろ)へと近づく。
 血液の流出は止まっていたが、狙撃銃で狙撃した以上その威力は人体が耐えられるものではない。頭部のなくなった死体を見て、 私はただ何をするでもなく立ち尽くしていた。
 すると背後から同僚が近づいてくる。その手に死体袋を持っているところを見ると、亡骸(なきがら)の処理をするのだろう。
 「……済まない。彼の後始末は私にやらせてくれないだろうか」
 私の脇をすり抜け、慣れた手つきで運び出そうとしていた同僚に声をかける。
 「え、だけど……」
 「頼む」
 狼狽する同僚達だったが、私の懇願(こんがん)を聞き入れてくれた。
 彼らは何も言わずに肩を叩いていくと、各々別の処理に向かっていった。
 それからは私の独断で彼の墓を作り、せめてもと思い隣の――もっと言えばさらに向こう、第三層の少しでも近くにと区画ギリギリに立つ教会に埋葬(まいそう)した。
 こんな事で、壬に許してもらおうとはさらさら思っていない。ただ私がそうしたかっただけだ。
 「随分と見晴らしのいいところに立てたもんだな」
 声につられてゆっくりと横を見ると、そこにはランディの姿があった。
 燃えるような深紅の頭部には、痛々しく包帯が巻かれていた。しかし彼はそんなこと微塵も気にしていない様子で近づいてくる。
 「……怒るか?」
 「何でだよ。俺は『後始末は頼む』と言っただけだ。どうしようが関知しねぇ」
 例え命を狙った相手でも、ランディは恨(うら)んだりはしないだろう。彼はそういう男で、だからこそあの場に一人きりで向かったのだ。
 「――一人であの場に行ったのは、壬(じん)を説得するためだろう」
 図星をつかれ、ランディは居心地悪そうに目をそらす。わかり易(やす)すぎる反応に、私はついつい笑み零してしまう。
 「壬を調べるうちに私の知り合いだと知って、助けたいと思ったのだろう?あなたはそういう人だ」
 彼が甘ちゃんと呼ばれる所以はここにある。彼は頑(かたく)ななまでに誠実で、度(ど)し難(がた)い程に優しい青年だ。
 「本当に、そういう意味では【首領(ボス)】らしくない」
 「悪かったな、お前の望む【首領(ボス)】じゃなくて」
 思わず本音がポロリと口から滑り出てしまった。私の不躾(ぶしつけ)な発言に、ランディはやけくそとばかりにガシガシと後ろ髪を掻きながら反論した。
 彼のそんな子供じみた反応がおかしくて、私はさらに笑ってしまう。
 「――だからこそ、余計なお世話だランディ。これはあなたが抱えなくていいものだ」
 ひとしきり笑うと、弛緩(しかん)した空気を引き締めるためあえて私は警告する。
 私の強めの発言に、ランディは目を丸くした。当然だ、私自身も柄ではないと承知している。
 まるで未確認生物でも見たかのような視線を感じつつ、ポケットから一つの空薬莢をとりだした。それはあの日壬を撃った時に使った弾丸のものだ。
 私はそれを指で弄(もてあそ)びながら続ける。
 「これは私自身が選択し、私が【是】とした行動だ。これからの【宿り木(ミスリル)】に必要なのは壬ではなく、ランディだと思った。この選択を、私は間違いだとは思わない。……それに、」
 「それに?」
 不自然に言葉を止めた私を訝(いぶか)しげにのぞき込むランディ。直前で言おうか言わないか迷った私だったが、彼は無言で先を促(うなが)してきた。
 私は言った。
 「……それに、こんなことを言っては失礼だとは思うが、今は心がスッキリしているんだ。本当に私の見間違いだと思うが、壬を撃った最後の一瞬、彼がほんの少しだけ笑ったように見えたんだ。最後の最後で彼に私自身を見せることが出来て、満足している」
 あの時、私が撃って壬が路地を横切ろうとしたあの一瞬、スコープ越しに見えた彼は、その口元に笑みを浮かべていたように私には見えた。
 壬と話す機会は無かったが、私が私自身の意思でそう選択したことを、彼は受け入れてくれたのではないか。
 ……今となっては確かめる術(すべ)はない。しかし本当に押し付けがましいことだが、最後に友人に見せれたことが、満足のいく結果だと私個人は思っている。
 くるくると手の中で回していた空薬莢を握りしめると、私は視線をランディへと向けた。
 「・・・そうか」
 私のその瞳から何かを読み取ったのか、ランディは短く一言だけ呟くと、多くは語らなかった。
 それからランディはおもむろに懐(ふところ)をまさぐると、やがて取り出したものを何も言わずにこちらへ投げてよこしてきた。反射的に私はそれを空中でキャッチする。
 彼は何をよこしたのだろうか――握った手のひらを確認すると、そこには見慣れた機械仕掛けの【タグ】がおさまっていた。
 十五年前、エルヴィンが私にファミリーの証として手渡された、いつも左耳に下げていた【タグ】そのものだ。
 「屋敷の廊下に落っことしてたぞ。全く大事なものなんだから扱いには気を付けろ」
 心底呆れたように言うランディの注意を、私は瞬時に『嘘だ』と断定(だんてい)する。こう言ってはなんだが、私自身命よりも大事な代物をそんな身近なところに落としていれば必ず見つけ出すだろう。――おそらく私が尋ねてからずっと探してくれていたのだろう。
 数週間ぶりにこの手に返ってきた年季の入った【タグ】を見下ろして、そして私はそのままランディに投げ返した。
 「っおいこら!お前の大事なもんだろうが?!」
 「すまないな。しかし私がいま本当に欲しいものは別にあるんだ」
 私の予想外の行動にランディはつんのめりながらもギリギリ空中で【タグ】をキャッチ。不意打ちに近い動作に叱(しか)りつけられるが、私は静かに告げると、ずっと壬の墓に向き合っていた身体をランディに向け、その場に跪く。
 「私をランディの――あなたの部下にしてほしい」
 ずっと前から用意していた言葉を、ようやく本人の前で告げる。私の言葉に居を突かれたランディは目を丸くするが、すぐにその表情は掻き消えた。
 「いいのか」
 すぐに返された言葉には、言葉以上の様々な感情が入り乱れている。私はあえて即答はせずに、自分の意志を確認する意味合いも込めて丁寧に返答する。
 「私はあなたの父君、先代に拾われた身だ。彼の【命令(オーダー)】を遂行(すいこう)することが彼に対する恩返しだと思っていた。だが私が真に力になりたいと思った人はランディ、あなただ」
 回りくどい私の言葉を遮ることなくランディは耳を傾(かたむ)けてくれる。彼のその眼差(まなざ)しに応えるように、私は最後にこう締めくくる。
 「私はこの理不尽で無慈悲な世界が好きだ。あなたの下で、あなたが守りたい理想を守る手助けを、私にやらせてほしい」
 
 温かい、うららかな風が吹き抜ける。そうしてどれくらい沈黙していただろうか、おそらくはそう長い時間ではないだろうが、沈黙を破ったのはランディだった。
 「・・・お前って、本当くそ真面目だよな」
 くしくも、数週間にも同じことをある男の口から言われたばかりだ。完全にデジャブな光景に、私はまたしてもこらえきれずに笑みをこぼしてしまう。
 「私もそう思う」
 やはり仰々しかっただろうか、と苦笑していると、ずいっと目の前に手のひらが差し出された。思わず見上げると、特大の太陽を背に立った己の主人の姿があった。
 「――こっちのセリフだ。俺が間違わないように支えてくれ」
 その言葉を引き金に、差し出された手を私は強く握り返した。
********
 ジンとの死闘を終え、後始末を部下に任せたランディはひとり、とある場所に向かっていた。
 部下には一刻も早く病院へ行けと口をそろえて言われたが、生憎(あいにく)と彼にはそこよりもいかねばならない場所があったのだ。被弾箇所も見た目ほど重症なものではないし、彼は進言を無視して歩(ほ)を進める。
 彼が訪れた場所は、先ほど自分を窮地(きゅうち)から救ってくれたツキヒトの住む住居だった。
 ランディは迷うことなくエントランスを抜け、一直線にツキヒトが借りている一室へと向かう。
 扉の前に立つと、すでに鍵はあけられていた。このご時世に何と不用心な事かと普段なら注意を促すところだが、ランディはこのことが分かっていたように迷うことなく扉を開けて、そして言い放つ。
 「――部下とはいえ他人の家に勝手に上がり込むたあ、我が親ながら恥ずかしい限りだぜくそじじい」
 そう多くない部屋の一番大きい最奥のリビング、そこには自分とよく似た髪と顔をした四十代の男性――エルヴィン・ギュスターヴが立っていた。
 「糞ガキに言われる筋合いはねえわ」
 ここ数日の間に自分の目の前から忽然(こつぜん)と消えた男はしゃあしゃあと告げる。しかもこの男、他人の部屋だというのに葉巻(たばこ)に火をつけ咥(くわ)えている。なんと失礼なことか。
 そんな変わらない実父の姿に癖癖しながら、ランディは数日前からずっと気になっていたことを追求する。
 「ツキヒトの【タグ】を盗み出したのはなんでだ」
 最初は彼の【タグ】の消息は本当に知らなかった。しかしイグニスのところで綺麗にまとめられた資料をみてからどこか引っかかるものがあった。
 「なんで俺がそんなまどろっこしいことしないといけねえんだよ」
 「そんなもん俺がしるか。ただイグニスに言って【Sefirot(セフィロト)】の事を調べさせたのもあんただろ。じゃなかったらあの野郎があんなくそ丁寧に調査書まとめるかよ」
 ランディの推察(すいさつ)にエルヴィンは「あの野郎・・・」と隠す気もなく悪態をつく。どうやらビンゴだったようだ。ランディはあれ以降ちらついていたエルヴィンの姿に苛(いら)ついていた。
 「・・・なんで勝手に出てったんだよ」
 「あん?」
 消えそうな言葉が聞こえなかったのか、エルヴィンは聞き返す。ランディはボロボロの手を強く握りしめると、たまっていたうっぷんを叩きつける。
 「てめえが何も言わずに消えたせいでこっちは散々だ!部下たちの不安やこっちの事もちったあ考えやがれ!大体なんでまだお前それ肩にかけてやがる、それは代々【首領(ボス)】が受け継ぐもんだろうが!」
 握りしめていた手のひらを勢い任せにエルヴィンに突きつける。ランディの言う通りエルヴィンの肩にはギュスターヴ首領(ボス)の証であるロングコートが無造作(むぞうさ)にかけられていた。
 指摘され初めて気づいたようにエルヴィンは「おお、忘れてた」というと、ロングコートを引っ掴んでランディに向けて放り投げた。
 「おいコラなにしてんだてめえ?!」
 「ずっと肩にあったもんだからついつい忘れてたわ。というかそんなにこのコートが欲しかったのか?」
 見当違い過ぎるエルヴィンの発言にランディはかみつきそうになるが、この男は他人なんぞ知ったこっちゃないスタンスの男だった。このまま奴のペースで会話を進めていたらこっちの身が持たないと判断したランディは、激情を押し込める。
 「・・・戻ってはこねえのか」
 「ん~俺は充分仕事したし、いい加減ナタリーと二人でいちゃこらしたいんだよなあ~」
 『この男がまじめに仕事をしているところをほとんど見たことがないしそもそもいちゃこらってなんだよいい歳こいて』という突っ込みをすべて飲み込み、ランディは誰にも見せたことがない本心を吐露(とろ)した。
 「俺は、あんたから学ばなきゃならねえことがまだたくさんあるんだ。俺はまだ未熟で、一家(ファミリー)を引っ張っていけるほどの自信がない」
 それはルカにですら見せたことがない、弱々しい背中だった。
 普段は誰に対しても豪胆(ごうたん)で弱みを見せることはないランディだが、所詮はつい先日二十を超えたばかりの青二才。ランディは決してうぬぼれてはいない。自分には決定的に【信頼性】が足りていない。本人も言明したが、自信がないのだ。
 うなだれるランディに対して、果たして男は閉じていた口を開く――
 「は?何言ってんだお前、いまさら健気(けなげ)アピールですか??」
 ――限界だった。ランディは本能のまま腰の拳銃囊(ホルスター)から漆黒の愛銃を恐ろしいスピード-下手したら自己最高速度-で引き抜くと、躊躇(ためら)うことなくエルヴィンに向けて発砲した。
 紛(まご)うことなき本気の本気、ぶっ殺すつもりで撃った。他意(たい)は無い。
 その本気の一発をものともせず、エルヴィンはひょいと必要最低限の動作だけで回避する。結果行き場を失った弾丸は背後の壁にめり込むことになった。
 「人様の家ですよー」
 「てめぇが人の神経根こそぎ逆(さか)なでしてくるからだろうが……!!!」
 事も無げに文句を垂れるエルヴィンにランディは吠(ほ)える。この男には【空気を読む】という常識は持ち合わせていないのか。
 黒い銃口から昇る黒煙と、エルヴィンの口元から立ち上る紫煙が一室に充満する。エルヴィンは一際大きく葉巻の煙を吐き出すと、ここにはもう用はないとばかりに歩き出す。
 ランディの問いかけに、エルヴィンはついぞ答えることはなかった。
 ――やはり、自分はこの人に【首領(ボス)】と認めてもらえないのか。
 先程の殺気はとうに消え失せ、ランディは再び俯(うつむ)いた。だからエルヴィンが横を横切る一瞬、手のひらを頭に乗せて来たことに気づけなかった。
 「お前に俺のお守りはもう必要ねぇよ。後は頼むぜ。――十一代目」
 大きく一回、ランディの頭をその大きな手のひらでかき混ぜると、エルヴィンは振り返ることなくツキヒトの部屋をあとにする。
 「……っ親父、」
 反射的に呼び止める息子の声にも足を止めることはなく、碌でもない父親はただ一言だけ言い残していった。
 「頭の傷、そのままにしたら跡が残るぞ。ナタリーからもらったモンに傷なんて残すんじゃねえ」
 エルヴィンが出て行ったあと、おもむろにデスクの上を見ると、そこにはツキヒトがずっと探していたかつて父が手渡したものであろう【タグ】が置かれていた。
 あとに残ったのは壁にめり込んだ弾丸と、奴が咥(くわ)えていた葉巻の残り香、そしてこれから背負っていく【首領(ボス)】の証と、十代目(せんだい)から十一代目(とうだい)への激励(げきれい)だった。
********
 明日から復帰しろ。と言い残し、ランディは一足先に本邸へと戻っていった。
 一人残された私はまた暫く墓の前でぼんやりとした後、行く宛もなく街を歩いていた。
 目的はない。ただ街の雑踏(ざっとう)の中に溶け込んでいたいだけだった。店先で客引きをする声、雑談にいそしむ主婦、走り回る子供たち。視線の先に映る景色は、私がいる世界とは真逆の、光に満ちたものだ。
 ふと、目の前で走り回っていた子供が立ち止まり、こちらに向かって走ってくる。その子供に、私は見覚えがあった。
 「この間のお兄ちゃん!こんにちわ」
 「あぁ、こんにちは。今日もボール遊びか?」
 そう聞いた子供の手にはこれまた見覚えのあるボールが収まっている。
 少年は元気に「うん!」と頷く。戻ってこない少年を気にしたのか、一緒に遊んでいた数人の子供たちも駆け寄ってきた。
 「でもこの前の事があってお母さんに怒られたから、今日は足を使ってこのボールを落とさないようにするゲームをみんなでしてたの!」
 リフティングの事だろうか。ねー!と集結した子どもたちと楽しそうに頷き合う少年は、何かに気づいたかのようにキョロキョロと周囲を見渡し始める。
 「どうした?」
 「お兄ちゃん、今日は一緒にいたもう一人のお兄ちゃんとは一緒じゃないんだね」
 不意打ちに近い言葉に私は一瞬だけ硬直してしまう。なんとか悟られないように取り繕(つくろ)うと、短く「あぁ」とだけこたえる。
 「そっかぁ。あのお兄ちゃんにももう一回会いたかったなぁ……ねぇ、次はいつ会えるかな!」
 子供は無知で純粋で無邪気(むじゃき)だ。時としてそれは刃となって大人を貫(つらぬ)いてくる。
 キラキラと瞳を輝かせ、私の言葉を待つ少年に私は苦笑すると、頭に手のひらを載せぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
 「風のような男だからな。次はいつとは確約できないが、いつか必ず会えるさ」
 少々言葉のチョイスが難しかっただろうか。少年は僅(わず)かにまゆを寄せると「そっか!じゃあまた今度だねー」と笑顔でそう言った。
 「お兄ちゃんもいつ会えるかわからないの?」
 「そうだな、私も実は困っているんだ。彼が忘れていってしまったものを、私はまだ返せていないんだ」
 そういうと私は懐から小さなネックレスを取り出し子供たちに見えるようにかざす。
 それは、先日子供たちをかばった時に壬が落として行った、十五年前にも見せてくれたあの不細工なネックレスだ。
 ランディを守り、壬を撃ったことに後悔はない。最後にもう一度彼と言葉を交わすことが出来なかったことも同様だ。
 ただ――ただ、唯一心残りがあるとすればそれは、彼の宝物であるこのネックレスを返すことが出来なかったことだ。
 私が取り出したネックレスを見ると、子供たちは「なにこれー」「変な形してる」と思い思いに口にする。私はそのことが面白くてつい笑ってしまうが、最初に話しかけてきた少年から提案される。
 「じゃあまた会える時まで、お兄ちゃんが持ってればいいよ!」
 「私が?」
 「そう!そうしたら忘れないし、会えた時にちゃんと返せるでしょ?」
 なるほど、そういう考えもあるのか。と私は素直に感心して目を開いた。
 ゆっくりと少年の言葉を噛み砕くと、少年に向かって返事をする。その瞳の中に映る自分に向かって、話しかけるように。
 「……あぁ、それは素敵な考えだ。そうさせてもらうよ」
 少年は一際(ひときわ)大きく頷くと、先に話に飽きてしまった子供たちの元へと帰っていく。
 私は手を振りつつ見送ると、少年の目線に合わせていた上体を起こして自宅へと歩き始める。
 ――背負っていたその音楽ケースは相変わらず重くのしかかったままだったが、それ以上に心強く、私の背中を押した。

© 2017- izumi soya

bottom of page