top of page
愚者00
8
非常に馴染みのある暴力的なその銃声(おと)は、丁度昼食時間だった街の穏(おだ)やかなムードを破壊するのには充分すぎるものだった。
この【宿り木(ミスリル)】において銃声は日常生活のなかのBGMであり、そういう輩が住人の殆どを占めている為聞いたことのない人間は皆無だ。よって短絡的にパニックを起こす人間は居なかったが、それでも仕事の合間のひと時を過ごす者達がどよめきを起こすことは仕方の無いことだった。
先程まで店内でそれぞれに会話を楽しんでいた住人達は、眉をひそめどよどよとざわめいていた。
私は素早く辺りを見渡す。店内に銃らしきものを持ったものは居ない。とすると残りは必然的に店の外になる。
目立たないように隣の窓ガラス越しに外を見ると、予想通り複数の男達がたむろしており、その手に持った銃は今も煙を立ち登らせていた。
窓越しであることと、その男達から店が若干距離が遠いせいか会話までは聞き取ることが出来ないが、どうやら穏便に済ませられないような何事かがあったようだ。周囲には制服で身を包んだ警察官(ヤード)が集まってきていたが、銃を持った男達と事件の当事者らしき一般人らしき人物とで取っ組み合いに発展してしまって手出しできずにいる。。
目の前の壬を見ると、彼もどうやら外の騒ぎに気づいたらしくじっと観察している。私はその目を盗むようにして裏手にある男子用の洗面所に体を滑り込ませた。
「――こちら蘭城(あららぎ)。ルカ、聞こえるか」
『……ツキヒトさん?どうかしましたか』
内ポケットに入れたままだった遠距離通信機に話しかける。ちょうどタイミングがよかったようで、相手にも直ぐ繋げることが出来た。
「第四階層のポルタで、銃で武装した輩が騒動を起こしている。警察官(ヤード)も来ているがどうにも介入できないようだ」
私はとりあえず謹慎中だということを棚に上げ、簡潔に今起こっていることを伝えるが、ルカはバツが悪そうに答えた。
『そうですか……困った、どうやらランディは今私用で最下層まで出かけてしまっているようです。あんなに口酸っぱく一人歩きはやめろと言ったのに……。とにかく、ランディの事だから直ぐに騒ぎを聞いて駆けつけるでしょうが、それでも数十分はかかってしまう』
「すぐに向かえる人員は居ないだろうか」
『居るには居ますが、現在のファミリーの立場を考えると僕が軽率に命令して良いものでも……ひとまず偵察として数人回します』
まだ十五の少年なのにしっかりと周りを見ることが出来ている。そんなルカに申し訳ないと思いつつ「済まない」と短く謝罪すると、私は通信を切った。
本邸がある第五階層からは一階層分下に降りるだけだ、そこまで時間はかからないだろう。
私は通信機を内ポケットに仕舞うと、壬が座る席へと戻る。
「どこ行ってたんだ?」
「少々連絡を取っていた。状況は……芳しくないようだな」
私がルカに連絡をとっている間に丸く収まっているかもしれないと淡い期待もあったが、状況はまるで変わっていないようだった。むしろ激化しているようにも思える。
「警察官(ヤード)は一体何やってんだ?こういうことを収めるのが仕事だろ」
「この【宿り木(ミスリル)】においては彼らの力も及ばないんだ……マフィア(ちから)を制圧できるのはマフィア(ちから)のみ」
「……お前さん、前にもこういう荒事を対処していたじゃないか。今回もどうにかできないのか?」
痛いところをつかれてしまった。ぼんやりとしか仕事の内容を言っていなかったが、どうやら彼は律儀に覚えていたらしい。
私はそういう壬の投げかけに、言葉をつまらせる。
「……本当のことを言うと、今の私は謹慎中の身なんだ」
「そうなのかい?……しかし、自分たちが取り仕切っている街で騒ぎが起こっているんぞ?」
「済まない……何度も言うが私は謹慎中の身だ。軽率な行動でファミリーの立場を危うくするわけにも行かない……それに、」
私はそこで一呼吸(ひとこきゅう)入れると、真っ直ぐな壬の視線から逃げるように目をそらしつつ続けた。
「……それに命令も出ていないんじゃ、私は動けない」
私がそう言った瞬間、辺りの喧騒がどこか遠くの出来事に感じられるくらいの沈黙が壬との間に降りた。
「――」
壬が何事か私にいおうとしたその時、外の騒動にも動きがあったようで、よりいっそうざわめいた。
そのざわめきに呼応して窓の外を見ると、そこには先程ボールを返した少年たちが乱入していた。小さな体で両手を広げて精一杯大きく見せようとしているあたり、どうやら彼らの正義感に基(もと)づいた行動だろう。
しかしその事が逆に武装した男達の琴線(きんせん)に触れたのか、まさに爆発寸前だった。
半ばほうけながらまるで他人事のように見ていた私は、しかし相席していた男の言葉で現実に引き戻される。
「……さっきの言葉をもう一度言わせてもらうぞ、月仁(つきひと)――大事なのは【お前自身がどうしたいか】じゃないのか」
その言葉で私が窓ガラスから壬に視線を戻すのと、壬が音を立てて立ち上がったのはほぼ同時だった。
彼はそのまま店を出ると、一直線に騒動の渦中(かちゅう)へと駆けて行った。
――ただでさえ夜の一件があった後でファミリーは浮き足立ってしまっている。今謹慎中の身の私が首領(ボス)の命令を無視して行動を起こせば、間違いなく弱みを見せることになる。
私の中の理性は冷静にそう呼びかける。事実私自身もその理性の弾き出した答えは【正論】だと思っている。しかし――
色々な論争が胸中で渦巻き、自分でもどうしたらいいか全くわからないまま、それでも私は壬の後を追って店を飛び出した。
騒動があった地点まで、そう時間はかからなかった。しかし子供たちに加え壬までもが乱入した現場は、限界ギリギリだった。
私が現場近くまで駆け寄った時には、既に壬に銃口が向けられていた。
銃を手にした男が、まさに悪の権化(ごんげ)の様な醜悪(しゅうあく)な笑みを浮かべ引き金を絞る――
――ガァン!
金属と金属が激しくぶつかったかのような轟音が辺り一帯に響き渡る。事実それは男が持っていた銃が、銃弾によって弾き飛ばされた音だ。
咄嗟(とっさ)の判断で私がとった行動は――腰のベルトに挟んであった拳銃による威嚇射撃(いかくしゃげき)だった。
万が一にと仕込まれていた拳銃技術だったが、本来狙撃手として任務に従事(じゅうじ)している私にとって、これを抜くことは滅多(めった)にない。私自身でも分からずに条件反射でとった行動だった。そんなことを頭の隅で考えつつ、煙を上げる銃を眺めていた。
この場にいる全員が一時停止ボタンを押されたかのように止まっていたが、いち早く現実に戻ってきたのは、銃を持った男の取り巻きたちだった。
「んだてめぇはっ!?」
一斉に十数の銃口が向けられる。向けられた銃口と同じ数の殺気で私も我に返るが、もう遅かった。
既に引き金に添えられていた指先は、彼らの感情のままに引き金を絞る。
「このままでは撃たれてしまうな」と、スローモーションに映る映像を他人事のように眺め、視界の端にそれを捉えたのは、その時だった。
――カカカカッ――!!
引き絞られるはずだった引き金は、既のところで突如として地面に突き立てられた全身黒塗りの複数のナイフによってその動作を中断させられた。
ナイフは私たちと男達の丁度中間に投げ込まれており、両者の間の壁のような役割を果たしている。
「なんだっ!?」
男達が動揺の声を上げるのと、上方から影が舞い降りるのは、ほぼ同時だった。
「……ここは僕達ギュスターヴが取り締まるシマだ。これ以上ここで騒ぎを起こせば容赦はしない」
まだ幼さの残る凛とした声が張り詰めていた一帯に通る。長く伸ばした金髪を後ろでひとまとめにした少年――ルカは大人にも見劣りしない殺気を放ち、多くの視線を一身に受けながら通告する。
背後に意識を向けると、数人の武装した男達が武器を構える音が聞こえてくる。ルカが引き連れてきたギュスターヴの面々だろう。
ルカ筆頭(ひっとう)にギュスターヴの証であるタグを見た男達は気圧されたようにたじろぐが、
「何びびってやがんだ、相手はガキじゃねぇか、一気にたたんじまえ!」
先程銃を弾き飛ばされた中心人物の男の叱咤(しった)で全員が全力で抵抗する覚悟を決めたようだ。一斉(いっせい)に銃口をルカに向ける。
その行動を「降参の意図はない」と判断したルカは、短い呼気を吐き出すと、身体中に仕込んでいたナイフを、構えられた銃口の数だけ投げ放つ。
放たれたナイフは一寸違わず各々手にしていた銃に突き刺さり、悉(ことごと)く破壊する。
破壊された銃の部品が飛び散り、中にはナイフその物を体に受けた者もいたのだろう、悲鳴をあげ転げ回る男達で地面は埋まっていた。
その中の一人、先程口火を切った中心人物の男にルカは歩み寄ると、首元にナイフをあてがい顔を覗き込む。
「人を見た目で判断するなと、親に教わらなかったかな?」
男の顔は先刻までの自信に裏付けされたものとは打って変わって恐怖で真っ青になっていた。大の男が十五の少年に形無しである。
中心人物であった男の戦意が完全に消失したことを皮切りに、まだ軽傷だった取り巻きたちは情けない悲鳴をあげて各々走り去っていく。
「半数はここに残ってるゴロツキの連行を、残り半分は逃げてった残党の後始末をお願いします」
手に持っていたナイフを一瞬にして体のどこかに仕舞(しま)いながら、ルカは連れてきた部下達に指令を与えていく。
それぞれが任務に向かっていくのを横目に、ようやくルカは私の方に歩いてきた。
ルカ達が到着してから数分と経っていないが、しかし私はただただ立ち尽くすことしか出来ていなかった。
「到着が遅れてすみません、怪我は?」
「大丈夫だよっ!」
「いや〜助かったよ、正直どうしたらいいか全くわからなかったからな。しかしあんた、子供なのに肝が据(す)わってるな」
「お褒めに預かり光栄です」
私の背後にいた子どもたちと壬には本人達も言うように怪我はなかったようだ。その事に私も安堵(あんど)していると、横から声がかけられる。
「あなたもですよ、ツキヒトさん。全くこちらから人員を派遣するといっておいたのに……ランディの悪い影響でも受けました?」
じっと咎(とが)めるような突き刺さる視線に、私は声をつまらせる。
「……すまない、お前の命令も聞かず、謹慎中の身で」
手に持ったままだった拳銃を元の腰ベルトに戻しつつ、私は深謝(しんしゃ)する。
「まぁ驚きはしました。ツキヒトさんが独断で行動するなんて、僕がファミリーに入ってからあまり見たことがなかったので。……でも安心しました」
「安心?」
ルカの発言に違和感を感じた私は思わず聞き返す。
しかし彼は特に特別な言葉を発したわけでもないように、至って自然体で「はい、」と前置きをしてからこう続けた。
「だってツキヒトさん、いつも命令の下で動いてることが多くてあまり自分の意見とか言ってくれないので、本心ではどう思っているの気になっていたんです。仕事人って感じですごくカッコイイですけど、たまには今回みたいに自分がやりたいようにやってもいいと思います」
真っ直ぐで飾り気のない言葉だからこそ、ルカの言葉は予想外に私の中にすんなり入ってくる。先程の壬と言い、裏表のない人間の言葉は言い得て妙だ。
「……自分が、やりたいようにか……」
つまり私は、首領(ボス)の命令に逆らってでも彼らを助けたかったということだろうか。その時の気持ちを思い出そうとするが、やっぱり分からないままだった。私の心の内はそうそうその真意を明かしてはくれないようだ。
それでもなにか前進できただろうか、と考えたところで不意の真横からの衝撃で、私は踏ん張りが効かず勢いそのまま倒れ込んだ。
「なっ、」
「お兄ちゃんありがとうー!」
「でもオレたちだけで大丈夫だったもんね!」
一気に現実に引き戻された私は何が起こったのか確認する。どうやら壬の後ろに庇(かば)われていた子供たちが全員でタックルしてきたらしい。皆私の上で思い思いに言い合っている。
目の前からいきなり私が消失したことにルカも驚いていたが、和(なご)やかな雰囲気の子供たちを見ると「僕は後始末があるので失礼しますね」と部下の元へと去っていった。
そんなルカにも、そして未だに私の上から退く気配のない子供たちにもなにか言わなければ、と思ったところで、壬の姿が見えないことに私はようやく気づいた。
「君たち、最初に助けに入ってくれた男はどうした?」
「お兄ちゃんなら用事があるからって行っちゃった」
一番近くにいた先程ボールを手渡した少年に声をかけると、そのように返事が返ってくる。
今の件もそうだが、色々相談に乗ってもらったことも含めて改めて礼を言いたかったが、実際周囲を見渡しても彼の姿を見ることは出来なかった。
ただ、壬の代わりのように彼がいた場所には不細工なネックレスがポツンと残されていた。
壬の所有物なのか分からないが、どこか見覚えのあるようなそのネックレスを手に取る。
『……また近いうちにバーに行けば会えるだろう』
その時に礼も言えばいい。私は上体を起こしながら漠然とそう思った。
********
今しがた窮地(きゅうち)から救った子供たちに囲まれ、その対応に困っている月仁の姿を、壬は建物の陰から眺めていた。
普段から子供の相手に不慣れなのだろう。あまり感情を出さない彼らしいといえば彼らしいが。
その光景に知らず知らずの内に口角が緩んでしまうが、だからこそ壬は許せなかった。
「……お前はまだ、マフィアなんてものに縛られてるんだな……」
発した己自身でさえも聞き取れるかという程小さな独り言だったが、その言葉には溢(あふ)れんばかりの憎悪の念が込められていた。
壬はもう一度その姿を刻みつけるように見ると、薄暗い路地裏を怪我のした足を引きずりながら歩み始める。
――まるで出口のない深淵へ自ら突き進むかのように、彼が振り返ることは二度となかった。
********
それから私は昼食をとった店へ置き忘れていた音楽ケースを取りに戻り、昼食代を置いてから自室へと直帰した。流石にあのあとも街を徘徊(はいかい)できるような図太い神経は持ち合わせていない。
あれからなにかお咎めがあるだろうかと沙汰(さた)を待ったが、ランディからのアクションは何も無い。
それは私の謹慎もいつ解けるかわからないということだったが、私自身自分を見つめ直すいい機会だと思っている。
毎日というわけにも行かないが、時たま気分転換にとこっそり自室を抜け出しては、あの通い付けのバーに通っている。
――しかし、壬の姿を見ることはついぞ無かった。
bottom of page