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 ランディの執務室を後にした私は、そのまま自室に戻らず、街をふらついていた。――とてもそのまま自室に戻る気にはなれなかったからだ。
 自室に帰れば手当り次第のものを投げ飛ばすか、何かしらに当たってしまうような気がしてならなかった(実際には、私の性格からしてそこまで荒れることはないだろうが)。兎に角、言葉に表せない何かが胸中で渦巻(うずま)いていた。
 【謹慎】を言い渡された以上むやみやたらと歩き回る姿を目撃されるのは良くないことだろうが、それならば必要な消耗品や食料を買い込んでおく必要があるだろうと己自身に言い聞かせつつ、こうして街を歩いていた。
 特に宛もなく歩いていると、路地裏から微かに獣の鳴き声が聞こえてくる。
 「犬か……?」
普段なら気に止めることもないだろうが、何故かこの日だけは酷く耳についた。
 私は犬の鳴き声が聞こえた路地へと足を向ける。
 路地は短く、すぐに向かい側へと出ることが出来た。私は周囲を見渡す。左側に異常は見られない。
 ならば逆だと右側を振り向くと、そこには首に付けられた鎖を鳴らす大型犬と、その大型犬の顎(あぎと)の餌食になっている青年が、どうにか引き剥がそうと必死にもがいていた。
 その青年に、私はとても見覚えがあった。
 「壬(じん)か?」
 「!月仁(つきひと)?!」
 半ば無意識に口から出た呼びかけに、壬は叫ぶように答える。
事態の緊急性から、放心している場合ではないと悟った私は、壬の救出に向かう。
 駆け足で壬と大型犬に近づくと、私は思い切り繋がれた鎖を引っぱった。
 「こらジーク、彼は私の知り合いだ。離しなさい」
 獣相手には臆した方が負けだ。私は出来るだけ怒っているのが大型犬―ジークに分かるように叱(しか)りつける。
 ジークは私の言葉を理解したかのように、噛み付いていた壬の足を離した。
 その様子を見届けると、向かいにいる壬に声をかける。
 「大丈夫か?」
 「いや〜助かった!痛くもないが離してもくれないから、どうしようかと思っていたところだ」
 話を聞きつつ噛まれていた箇所を捲(まく)ると、本人の言う通り深くは噛まれていないようだった。
 「随分お前さんには懐(なつ)いているんだな」
 先程と打って変わって随分と大人しくなっているジークを見て、壬は言った。私は怪我の具合を診つつ答える。
 「野良犬時代からの付き合いだからな」
 「へぇ、こいつ野良だったのか」
 「前にこの辺りでこいつ絡みで騒ぎがあった時にしつけてやった。今では立派なこの家の番犬だ。……よほどのことがない限り、人には噛みつかないようしつけたはずなんだが」
 私の含みのある言い方に、壬は慌てて両手を振って弁解(べんかい)する。
 「違う違う!別にやましい事を考えたわけじゃないぞ?通りでガキんちょ達がボール遊びをしていて、そのボールがこの屋敷に入っていってしまったから取りに行こうと思ってだな」
 「ベルは鳴らしたのか?」
 「……いやその、鳴らしたんだが応答がなくてだな……」
 ジークは正しく己の使命を全(まっと)うしたようだ。これでは盗人と見られても文句は言えない。
 私は明後日(あさって)の方向を向く壬をひとまずその場に残すと、ジークとともに屋敷の庭に足を踏み入れた。
 さほど広くもない庭だ。探しものはすぐに見つかった。
 私はすぐに皮でできたボールを拾うと、再び屋敷の前に戻る。
 「これか?」
 「おうそれだ!いや本当助かった。ありがとう」
 壬はそう言いながら立ち上がろうとするが、噛まれた痛みからか力がうまく入らないようだった。
 私はジークの頭を一撫(ひとな)でしてから、壬に肩を貸すことにした。
 「おぉ、すまねぇ」
 「大した怪我ではないが、ちゃんと医者に診てもらった方がいいだろう。ボールを返してから、病院に直行だな」
 なんとも色気のない光景だったが、男ふたりはそのまま大通りへと足を向けた。
 
********
 
 ギュスターヴファミリー御用達の病院で壬(じん)の怪我の具合を診てもらったが、私の見立て通り軽傷だと診断がおりた。
 壬が医者に診てもらっている間は、拾ったボールを持ち主に返しに行く時間に当てることにした。壬も子供ではないのだし、そのまま置いてきても問題は無い。
 先ほどの通りへと戻った私は、予(あらかじ)め壬に確認しておいた容姿(ようし)と同じ子供を探しあてると、声をかけた。
 拾いに行ったのが壬だったのに、返しに来たのが私だった事が、少年は多少混乱したようだった。
 「彼からのお届けものだ。今度はもっと広い場所で遊びなさい」
 私は彼に目線を合わせるように跪(ひざまず)くと、手にしたボールを彼の手へと戻してやる。
 少年はボールと私を交互に見ると、「ありがとう、おにいちゃんたち!」と満面の笑みを浮かべた。
 「ああ、彼にも伝えておくよ」
 私がそう言うと、彼は仲間達の元へと駆けて行った。
 子供たちの声に見送られて再び病院を訪れると、丁度(ちょうど)壬が診察室から出てきたところだった。
 「大事がないようで良かったな。ボールは例の子供に返しておいた。【ありがとう】と言っていたよ」
 「そうか、それは良かった。そして月仁も本当迷惑かけた。感謝する」
 「別に感謝されたくてやった訳では無いから、そんなに畏(かしこ)まらなくていい。私の方が困る」
 壬から感謝の言葉を聞くのはこれで何度目か。ついついいたたまらず診察室から受付までの短い通路を抜けつつ、私は言った。
 受付に着くと、カウンターに座る看護師から「今回も領収書はまとめておきますか?」と声をかけられた。
 いつもなら診療代も【経費】としておくことができるのだが、謹慎中の身で流石にそこまで神経は図太くない。私はポケットマネーから診察料を払うと、壬と二人外に出る。
 「診察代くらい俺が払ったぞ?」
 「ここはファミリー以外の人間からはぼったくりも目が飛び出すほど遠慮なく請求するから、払わない方が吉だ」
 壬の最もな言い分に私は真実を話すと、それきり壬は押し黙った。
 「そう言えば、昼間にこうして会うのは初めてじゃないか?珍しいな」
 気を取り直すかのような壬の切り返しに、今度は私が押し黙る。言いつけを守らず街をふらついていた手前、とても【謹慎中だ】と言い出す気にはなれなかった。
 そんな私を観察するように見ていた壬は、勢いよく肩に腕を回すと、思い切り引き寄せた。
 「暇ならメシ、奢(おご)らせろよ」
 近距離からのお誘いに多少気圧されつつも、私は断ることにする。
 「いや、せっかくの誘いだが……」
 「このままされっぱなしってのも俺が納得いかないんだよ!俺の筋を通させてくれ」
 それが彼の性格なのだろうか。これはなかなか折れてはくれそうに無い。
 それでも私が煮え切らない態度をしていると、目先に丁度良い店を見つけたらしい壬は、「よしあそこにしよう!」と組んだ肩をそのままにずんずんと歩を進めてしまう。
 景気の良い音を立てて店のベルが客である私たちの来訪を伝える。
 店内は丁度お昼時ということもあり、性別年齢問わず多くの人で賑わっており、エプロン姿の給仕(きゅうじ)が忙しそうに走り回っていた。
 給仕の1人が我々に気づき、「いらっしゃいませ」と挨拶をしてくれる。
 「二人なんだけど、席って空(あ)いてるか?」
 「でしたら丁度テーブル席がひとつ空いていますので、ご案内します」
 年若い少女の給仕はそう言うと、奥の窓際のテーブル席へ案内してくれた。
 まるで謀ったかのように流れるままテーブルにつかされた私は物凄(ものすご)く釈然(しゃくぜん)としなかったが、何も注文せずただ水だけ飲んで帰るのも店に失礼だ。仕方なくメニューから当たり障りのないものを注文することにする。
 壬もメニューを決めるのには時間をかけなかった。すぐに我々のオーダーを聞くと、給仕は厨房へと去っていった。
 私は何となくテーブルに置かれたグラスを持つと、窓の外へと視線を向ける。
 「それで?何にお前さんは悩んでいるんだ?」
 ……壬の不意打ちの問いかけに、危うく口に含んだ水を噴(ふ)き出すところだった。そんなことになっていたら窓ガラスはひとたび豪雨に見舞われただろう。私の噴いた水でたが。
 しかし平静を装いきれることも出来ず、結果として私はむせ返った。
 「大丈夫か?」
 「あぁ……ぎりぎり戻ってこれた」
 私の内情を知ってか知らずか、目の前に座る男はカラカラと笑った。
 「どうしてそう思う」
 「そんな思いつめたようなしかめっ面をしていれば、誰だってそう思うさ」
 壬の言葉を受けて、私は窓ガラスに映(うつ)る私自身を見る。よく見る平々凡々(へいへいぼんぼん)な男が、そこには映っていた。
 「……いつもと変わらない顔だが……」
 「異変に気づかないのは本人だけってな。なにかしでかしちまったのかい?」
 彼の言葉を反復する。素直に「任務に失敗した」といえば良いのだろうが、その言葉だけでは不充分だと私は思った。
 「……わからない」
 
 自分でも無意識のうちに、私は短く一言だけ呟いた。
 「何がいけなかったのか。何が良いのか。何をするべきなのか。……何もわからなくなってしまった」
 驚く程弱々しい声が口から滑り落ちる。自然と窓ガラスからテーブルの上のグラスへと目線を移していた。
 水面に映る男は先程とは打って変わって、まるで迷子の子供のような、そんな表情をしていた。
 幼い頃に先代首領(ボス)であり、ランディの実父であるエルヴィン·ギュスターヴに拾われてから、私は彼の命令を遂行することだけを指針として今まで生きてきた。
 ――それ以外の生き方を、私は知らない。
 喧騒の中で、私たちが座るこのテーブルだけが、まるで深い海の底のような静謐(せいひつ)さに包まれていた。
 どれくらいの間、沈黙していただろうか。いや、実際には一瞬だったのかもしれない。そんな静寂(せいじゃく)を破ったのは、壬だった。
 
 「お前さん、本っ当に真面目だよなぁ」
 
 その場の張り詰めた空気が崩れ落ちるかのようなありふれた言葉だった。
 「ここ数日の付き合いだけど、ここまで【堅物(かたぶつ)】が人の形をして歩いているのは見たことがない!」
 「そこまで酷いか……?」
 いくら感情の起伏(きふく)が緩やかな私でも、許容できる限界というのはある。壬の容赦(ようしゃ)のない評価に、私は思い切り眉を八の字にしてしまった。
 私が今度は違う感情から俯(うつむ)くと、ひとしきり笑い終えた壬は、まるで別人のような声音で言った。
 
 「問題は、お前自身がどうしたいか、じゃないのかい?」
 
 壬の言葉に、私はハッと顔を上げた。
 視線の先には、同じく顔をしっかりと私に向ける、壬の姿がある。
 「私が、どうしたいのか……?」
 「そうさ。誰かの言う通りにしてしまっては綺麗な筋書きすぎてつまらなすぎる。人は自分の思うとおりに、自分がなすがまま、いいことも悪いことも自分の信念に基づいて決める。滑稽(こっけい)な戯曲(オペラ)のような物語が、結果的には【良い人生だった】と最期(さいご)に思えるものさ」
 命令を聞き、遂行することだけをしてきた私とはまるで真逆なその言葉を、私は己の中で反復した。
 そんなつもりは無かったが、私はエルヴィン(かれ)に私自身の指針を定めてもらっていたに過ぎないのかもしれなかった。
 「私が、どうしたいのか……」
 先程とは違う心境で、同じ言葉を呟いた。そうすることで、心にかかっていたモヤが払われていくかのような気持ちになる。
 「その歳にもなって誰かに道を示して貰わないといけないのは、ちょっと恥ずかしいぞ、月仁(つきひと)?」
 真面目な雰囲気だったのだが、どうやら彼は【真面目】とは程遠い存在のようだ。
 先程の真面目な顔はどこへやら。壬はニヤニヤとしながらそう言った。
 丁度そのタイミングで、我々が注文していた品が届けられた。注文を確認し、品物をテーブルに載せた給仕が去っていくのを横目で見ながら、私は銀食器を手に取りこう言ってやった。
 「そうだな、どこかの誰かさんを反面教師にしながら、程々に考えてみるさ」
 「それは俺のことか!?俺にしては結構いいこと言ったと思うんだがな」
 「最後のそのセリフがなかったら多少カッコイイとは思ったぞ。でも――話を聞いてくれて、ありがとう」
 なんとなしに滑り出たお礼の言葉に壬は驚いた様子だったが、すぐにいつもの笑顔になると「どういたしまして」と返した。
 「冷(さ)める前に食べちまおう!そう言えば、今日はこの後予定はあるのか?」
 「別に用事はなにもないが」
 「じゃあ街を案内してくれよ、あまりこの辺りは歩いたことがないから、道が全然わからなくてさ」
 なんの変哲もない普通の会話だ。店内の喧騒も相まって、私はやっといつもの日常に戻ってきたような気がした。
 
 
 
 ――その日常も、直後に響き渡った銃声に呆気なく破壊された。

© 2017- izumi soya

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