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愚者00
5
昨晩深夜に行われた掃討(そうとう)作戦は、首謀者の捕縛後、盗品の確保や孤児の保護と滞りなく進んだが、肝心の首謀者は何者かによって始末されてしまった。
結果として、会合自体を潰すことは出来たが大元を断つことは出来ず、曖昧(あいまい)な結果になってしまった。
そして浮上する、【第三の存在】。
事態は混沌を極めていた。
日が昇った現在は、本邸で深夜の後始末に皆奔走(ほんそう)していた。
私個人としても、深夜の作戦は人生で一、二を争うほどの大失敗だった。あの時【スレイプニル】による支援ができなかった私は、ランディに襲いかかる少年を見ている事しか出来なかった。あの場にルカがいなければ、少なからず彼に危害が及んでいただろう。いや、最悪殺されていた。その後の襲撃に関しても言わずもがなだ。
おそらくこの襲撃者が今回首謀者を暗殺した張本人だとされているが、彼に対しても私は手をこまねいている事しか出来なかった。
突如として全機能を停止させた【スレイプニル】は、今でも音沙汰がない。
私はランディに呼ばれ、昨日と同じ彼の執務室に足を運んでいた。
ノックをしようとしたが、既にその扉は開け放たれていて、私は肩に背負った楽器ケースを背負い直すとそのまま室内に足を踏み入れた。
部屋の奥の執務室には、昨日と同じように彼が腰掛けていた。
「来たな」
ランディは端的(たんてき)に一言いうと、手に持っていた資料を机の上に置いた。
――張り詰めた空気が流れる。
「今回、俺はお前に後方支援及びに警戒の任に当たらせていたはずだ。だがお前からの支援は不充分だったと言わざるを得ない。何があった?」
二度に渡って危険にさらされたことにも関わらず、彼は私に弁明(べんめい)の機会を与えてくれた。
私は事の顛末(てんまつ)を包み隠さず彼に話した。言葉の最後に「どんな処遇(しょぐう)も受け入れる覚悟はできています」と添えて。
実際私は己の不甲斐なさに嫌気がさしていた。
ランディは終始探るように私の顔を見ながら耳を傾けていた。私の真意を探るためだろうが、途中聞き取りにくそうに眉を寄せる様子を見ると、深夜の手榴弾(しゅりゅうだん)のダメージがまだ耳に残っているのかもしれない。
「少し貸してみろ」
全てを聞き終えたランディは、私の背負った楽器ケースを見ながらそう言った。私は言う通りに楽器ケースを下ろすと、中に入っていた【スレイプニル】を彼に手渡す。
ランディは馴れた手つきで【スレイプニル】を手に取る。
下手をしたら私以上に使いこなせているのではないか、と錯覚するほどにランディと白銀の狙撃銃は絵になっていた。
「……相変わらず生真面目(きまじめ)なやつだなお前は。今度は何が気に食わなかったんだ?」
ランディはしばらく【スレイプニル】を簡単に整備していたが、まるでその【スレイプニル】に話しかけているかのような口ぶりで独り言を呟き始めた。
実際、彼は【スレイプニル】と会話をしているらしい。
【六大ファミリー】たらしめる次元破壊級武装【擬似神威(エクス・マキナ)】とその兄弟機である【擬似天手(ジェメロ・マキナ)】には、それぞれ自我ないし意思が存在するらしい。
彼ら(もしくは彼女)は自分の使い手をその意思に基づいて決定する。己に相 応しくない者は触れることさえ許されない。
私は【スレイプニル】の声を聞いたことは無かったが、主人であるランディはどうやら意思疎通(いしそつう)ができるようだ。
彼は二、三言葉を交わすと、椅子から立ち上がり【スレイプニル】を私に返した。
「……どうやらお前の何かに不満があるそうだが、それを言うつもりは無いらしい。武装をロックしたのもそれが理由だ」
ランディの言葉に私は思わず顔を顰(しか)めてしまう。正直、心当たりが多すぎてどれが気に食わないのか分からないのである。
いや、もしかしたら全部が気に食わないのだろうか。相棒にまで愛想をつかれてしまった。
難しい顔をしていると、ランディは再び執務室の椅子に腰掛けた。
「武器が使えない奴はお荷物以下だ。そんな奴を抱えて事に当たるほど今の俺達には余裕はない。……数日お前は任務から外す。その間己を省みてこい」
ランディは冷ややかに処罰を下す。実質の謹慎処分だった。
死刑やファミリーからの追放という厳しい処断を考えていた私としては些(いささ)か【甘すぎる】と思わずにはいられない処罰だったが、ファミリーにいる以上、彼の言葉は絶対だ。
私は手にしたままだった【スレイプニル】を楽器ケースに戻すと、「……申し訳ありません」と深く頭を下げ、執務室の外へと踵(きびす)を返した。
あと一歩で敷居を跨ごうという時に、ランディの声が背中に投げかけられる。
「そいつはまだお前の主人(マスター)権を手放していない。そいつがまた応えてくれるかどうかは、お前次第だ」
彼の言葉に、私は無意識のうちに楽器ケースから伸びるショルダーを握る手に、力を込めた。
********
ツキヒトが執務室を出た後も、ランディは誰もいなくなった空間をしばらく凝視していた。
「ちょっと。勇気を出して告白してフラれた女の子みたいな顔してないで」
「いてぇ!?」
という言葉と共に頭に衝撃。背後を振り返ると、そこには割と厚めの本を持ったルカが立っていた。どうやら手にした本で頭を殴られたようだ。
ランディは涙目になりながら頭をさする。
「上司にいきなり殴り掛かる部下があるかよ」
「僕は何度も呼びかけたよ。……全く、まだ手榴弾のおかげで耳が聞こえないんだろ?大人しく回復するまで休んでればいいのに」
「二、三日も休んでいられるか」
とっさの反応で目は腕でガードできたものの、おかげで耳の方は直でダメージを食らってしまった。鼓膜(こまく)も破れはしなかったものの、お抱えの医者によれば聴覚が完全に回復するまで最短で二、三日かかるという話だった。
「相手の口の動きから大体何言ってるかわかるし、支障はない」
「ふ〜ん。こんな至近距離まで他人に気づかない挙句(あげく)に呼びかけにも反応できなくてよく言うよ」
ルカの的確な指摘に顔をしかめるだけで反論できないランディ。そんなランディを余所目(よそめ)にルカは手に持ち続けていた本を棚に戻す。
「……まぁ、それだけが要因ってわけでもないだろうけど。兎(と)に角(かく)そんな状態で一人街を歩いたりしたらいい鴨にしかならないから、しばらくは外には独り歩きしないでよ」
ルカはそば付きになってからなにかと鋭い。元々人間の機微(きび)には聡い方なのだろうが、それにしても限度がある。千里眼(せんりがん)かなにか持っているのだろうか、とランディはしばしば怪しんでいた。
今も心境を見抜いた鋭い言葉にぐうの音も出ない。
ランディは気を取り直すように咳払いをすると、机の上に並べられた報告書を眺める。
「それにしても、首謀者が殺された今、俺達は圧倒的に情報不足だ。まぁ生きていたとしてもろくな情報持ってなかっただろうけどな」
「と言うと?」
報告書の一つをすくい上げ、ランディはルカの問いかけに答える。
「こいつらは末端(まったん)も末端の組織だろう。こんなに目立って動いていれば【はいここに悪さをしている奴らがいますよ】と言っているようなものだ。奴らの大元はそいつらの陰に隠れて俺達の目を逸らしつつ、金稼いだり勢力を拡大させたりで、根を張り巡らせてるんだ」
ランディはそこまで言うと、青灰色(あおはいいろ)の瞳を細める。「そういう奴らは自分に不利益を与えるような輩は簡単に切り捨てる。文字通りトカゲのしっぽ切りのようにな」
「それであのフードの男に殺された、と」
ルカをはじめ多くの構成員はフードの男の襲撃のせいで三勢力の三つ巴戦だと勘違いさせられていたが、どうやら事態はそこまで複雑ではなかったようだ。ただ相手には一切の容赦は無いわけだが。
「つまり大元を絶たないと意味が無いわけだ」
「そうだ。だから俺達には情報が足りない」
敵ながら天晴(あっぱ)れだ。とランディは思わざるを得なかった。相手は相当用心深く頭の切れる奴がいるらしい。
そこまで思考を巡らすと、ランディは深いため息を吐いた。
「……気乗りはしないが、アイツに聞いてみるか……」
腰掛けた椅子ごと後ろの窓越しに空を見上げる。
上層の歯車の向こう側、遠方の空には鉛のような鈍色(にびいろ)の雲が迫ってきていた。
これはしばらく荒れた天気になる。とランディは己の足元にまとわりつく陰険(いんけん)な空気を感じつつ、そう予感した。
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