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 普段はとても活気に満ち溢れている街は、この時間ともなれば流石(さすが)に静まり返っていた。
 手にした懐中時計を確認すると、時刻は深夜一時を数分回っていた。
 あれから私はその日の任務を順調にこなし(半分はフォローに回ってくれた構成員から「重要な任務があるだろうから、今日は早めに休め」と言って肩代わりしてくれた)、早々に自室に帰ることが出来た。
 普段なら仕事をしている時間に自室に帰れることに些かの不安感と申し訳なさに浸りつつも、皆の行為に甘んじることにした。
 早めの食事と身辺整理、それとシャワーを浴びた私は、自身の相棒(あいぼう)である白銀の狙撃銃の整備にほとんどの時間を費やした。
 狙撃銃―北欧神話に登場する魔獣(まじゅう)と同じ【スレイプニル】の銘(めい)を打たれたそれは、私がこの業界に足を踏み入れてからの付き合いだ。こいつを使うような重要な任務がある際には、必ず全体を一から組み直し、整備することにしている。
 一度全部の部品を分解し、ブラシや布を使い整備する。そして時間を巻き戻すかのように元通りに組み直したそれを構え直したりして、細かな調整をする。
 渡されてからしばらくはこの作業も随分と手こずったが、今では慣れたものだ。
 軽く睡眠をとるとちょうど良い時間になったので、私は誰と合流することもなくひとりで例の廃教会へ向かった。
 現在、私は廃教会をスコープで覗(のぞ)きつつ、周囲の警戒にあたっていた。
 数時間前、確かにルカの報告通りに複数人の人間がこの教会を出入りしているところは既に目撃済みだ。そして数分前、見知った赤髪の青年を筆頭(ひっとう)に、さらに数人の男達が教会の前に集合した。
 赤髪の青年―ランディは見えるはずもない私がいる少し高めのビルを一瞥(いちべつ)すると、不敵な笑みを浮かべそのまま数人の男達とともに廃教会へと踏み入った。
 ランディ達が廃教会へ踏み入ってからしばらく経つが、入口から数人の身分の高そうな恰好(かっこう)をした男女が、我先にと転がるようにして出てきていた。
 恐らくは中で行われていた【何か】に出席していた人物達であろう。報告通りだとかなり高価な物品が取り扱われていたようなので、納得は出来る。
 廃教会はそんな一般人を全部吐き出すと、先ほどの怒号や喧騒(けんそう)とはちがう騒音をたてていた。
 ある時は男達の叫び声、ある時は大口径リボルバーが吐き出すであろう銃声。
 中ではおおよそ予定通り、武力による制圧が行われているのだろう。
 私は時たま逃げ出てくる黒い背広の男達の足を狙って行動不能に追いやっている。
 ――どれだけの時間が経っただろうか。耳をつんざく様な声と銃声がぱったりと止んだ。
 それでも私は警戒を解かずにスコープを覗き待機していると、耳にした遠距離通信機(インカム)を通して声が届く。
 『―中の制圧は完了した。首謀者は確保、このまま捕虜として5層の別宅に連れていく』
 その報告でようやく少し警戒を解いた私は、スコープから目を離す。
 「了解。私は今しばらく周囲の警戒にあたります」
 『頼む』
 そう言うと、遠距離通信機は短いノイズ音をたてて声の主―ランディとの通話を終了する。
 それと同時に廃教会の入口から、こんな薄暗い深夜でも映(は)える赤い髪の男が出てくる。
 ランディは今度はしっかりと私の方を見ると、緊張感の欠けらも無い様子で大振りに手を降ってきていた。
 その緊張感のなさに苦笑しつつ、私はスコープ越しに彼の姿を確認する。
 
 ――その背後から駆け寄ってくる、幼子の姿と共に。
 
 背後から駆け出してきた、ボロ雑巾(ぞうきん)のような布切れだけを纏(まと)った少年は、とてもその年では決して出来ないような必死な形相で手に持っていたガラス片を、ランディに向かって振りかぶっていた。
 ランディはギリギリまで少年を引きつけると、相手の勢いそのまま、前に転がり出すように腕を掴んで投げ出していた。
 そこまでの光景をスコープ越しに見ていた私は慌てて引き金に人差し指を添える。
 スコープ越しに状況を確認するが、流石にこの距離では【スレイプニル】のサポートシステムを駆使しても音声を拾うことは出来なかったが、どうやら二人は口論になっているようだ。
 ―私の仕事は【後方で狙撃による威嚇(いかく)と警戒】。そしてそれを遂行するのみ。
 しかし私はそれを実行に移すことが出来ずに固まってしまう。
 ―己の過去と、あまりにも重なって見えてしまったからだ。
 
 しかし今流れている時間はそんな私を待ってはくれない。スコープの中の少年は再びガラス片を握りしめると、ランディに向かって猪のように突進をかける。
 『今は感傷に浸っている場合ではない――ー!』
 私は頭を軽く振り、ようやく雑念を振り払うと、いつものように機械的に、少年の頭蓋(ずがい)に標準を合わせ、引き金を絞る。
 
 ――瞬間、【ガチン】という音を立てて、愛銃【スレイプニル】は全機能を停止させた。
 
 「!?」
 長年の付き合いである相棒の突然の異変に、私はとっさに対処出来なかった。続けて何度か引き金を絞るが、同じように思い金属音を出すだけで、引き絞ることは出来ない。
 辛うじて機能していたスコープには、肉薄(にくはく)した少年と、それでも微動(びどう)だにしないランディの姿が映し出されていた。
 
 「――首領(ボス)!!」
 何も出来ない私は、ただ叫ぶことしか出来なかった。
 
********
 
 ボロ雑巾のような布切れをまとった少年が、目の前に迫ってくる。
 手にしたガラス片からは、握りしめすぎて自身の手を傷つけてしまい血が滴(したた)っていたが、少年にとってはどうでも良いことだった。
 ただ自分を――俺を排除できれば、それで良いのだ。
 凶刃(きょうじん)が、目の前に迫る。
 ランディの腕であれば、腰から下げた拳銃嚢(ホルスター)から拳銃を抜き、少年の頭を吹き飛ばすことくらい児戯(じぎ)のような事だったが、彼は何もしなかった。
 刹那、彼の後ろから一陣の風が躍り出た。
 
 ランディの背後から勢いよく飛び出してきたルカはその身を屈ませると、 少年の細い首――正確には頸動脈(けいどうみゃく)だ――を手にしたナイフで一寸も違わず掻き切っていた。
 おそらく少年は自分に何が起こったのか、その事を理解することなく、自分の中から溢れ出た血溜まりの中に沈んだ。
 暫く小刻みに痙攣(けいれん)していたが、一度大きく跳ねると、それきり動かなくなった。
 「……なんで銃を抜かなかったの?」
 少年が動かなくなったのを確認すると、ルカはナイフに着いた僅かな血痕(けっこん)を払いつつ、ランディに振り返った。
 「……こいつは俺を【親友の仇】だと言った。おそらく中であった乱闘で、誰かの銃弾を受けちまったんだろう。なら俺がこいつに殺されるのは因果応報って奴だ」
 「あんたが【敵】と【一般人】の判別ができないわけがないだろう」
 「たとえ俺の銃弾ではないとしても、大元の引き金を引いたのは俺だ」
 「……まさか、全てを救おうなどと思っている訳では無いでしょう?」
 ルカの容赦(ようしゃ)のない一言に、ランディは決まりが悪そうに目を伏せる。
 その様子を見かねたルカは、わざとランディに聞こえるようにため息をすると、一〇代とは思えない凛とした声音で窘(たしな)める。
 「あなたの理想はとても尊いものだ。僕もそうして救われた。しかしだからこそあなたは最後まで立っていなければいけない。その理想を叶えるために、どれだけの犠牲が出てしまうとしても」
 その言葉にさらにバツが悪くなったのか、ランディは後頭部に手を当ててしまう。
 「筋を通すのもいいけど、ランディが死んでしまったら元も子もないってこと。ちゃんと首領(ボス)になったんだから、その辺も考えてよね」
 「……そうだな、すまん」
 ルカのダメ押しにさすがに折れたランディは、自分の内側にある葛藤(かっとう)をひとまず脳裏に押し込め謝罪する。
 表情に出てしまっていたのか、向かい合うルカはまたため息をつくが、「今はそれでいいか」とばかりに苦笑する。
 「別に僕個人としてはそれでもいいけどね?ランディの後は、僕がきっちりファミリーを導いて見せよう」
 「よく言うぜ糞ガキ、お前にファミリーは任せておけねぇな。どうなるか分かったもんじゃない」
 気の抜けた会話からは、先ほどの【首領(ボス)】と【右腕】の張り詰めた雰囲気は消え去っていた。
 そうしていると、騒ぎを聞きつけてか散らばっていたファミリーの構成員たちが集まってくる。ランディはその様子を気配だけで感じつつ、ルカに命令を下す。
 「甘ちゃんついでに、そいつだけでも墓を作ってやってくれ」
またため息をつかれるだろうか。ランディはそう思ったが、目の前の少年は目を軽く伏(ふ)せるだけだった。
 「ボスの仰(おお)せのままに」
 そう短く言うと、ルカは血溜まりに沈んだ少年を抱き上げると、廃教会の裏へと去っていった。
 入れ違いのように数人の部下がランディの周囲に集合する。
 彼らは思い思いに身を案じる言葉をかけるが、ランディは短く「何も問題は無い」とだけ返すと、すぐに後始末や今後の対応への指示を出す。
 構成員たちが各々自分の仕事をなすために再び散っていく中、ランディは依然(いぜん)として浮かない顔を浮かべ、一人物思いに耽(ふけ)っていた。
 「……やはり、俺はお前にとって【首領(ボス)】足り得ないのか」
 ランディはここにはいない、年上の部下に向けての聞こえるはずのない独り言を呟くと、懐から煙草ケースを取り出し、火をつける。
 
 ――瞬間、つけられた火は煙草(たばこ)の先端とともに掻き消えた。
 
 つけて早々煙草の火を消すとはなんとも無意味な行為だろうか。しかしそれはランディの意図(いと)したものでは決してなく、背後から音もなく振り切られたナイフを、頭を振るだけで避けたことによる不可抗力の結果であった。
 ランディは先端の無くなった煙草を咥(くわ)えたまま、振り向きざまに腰に下げた拳銃嚢(ホルスター)から漆黒の愛銃を抜くと、背後の影の足元を正確に狙い撃ち抜いた。
 大口径回転式拳銃(リボルバー)の名に恥じない轟音が一帯に響き渡る。
 「背後から名乗りもなくいきなり斬りかかるたァ、随分しつけがなってるじゃねぇか」
 ランディはそう言うと、背後にいた人影に未だ硝煙(しょうえん)を漂わせる銃口を向ける。
 眼前には、フードを目深(まぶか)にかぶった人影が立っていた。
 フードのせいで顔までは判別できないが、体格からしておそらく男。手にしたナイフを油断なく構えている。
 偶然ではなく意図して足元を射抜いた事は、彼にも充分理解できているだろう。これはランディからの警告である。
 果たして――時が止まったかのような均衡(きんこう)を破ったのは、襲撃者の男だった。
 彼は手にしたナイフをまるでダーツの矢のように投擲(とうてき)すると、一目散に逃走した。
 投げられたナイフを難なくかわしたランディは男の足に照準を定めると、躊躇(ためら)いなく引き金を絞る。
 先ほどと同じ轟音。しかし今回違ったのは、吐き出された銃弾は狂いなく男の足に吸い込まれたという事だ。
 足を撃ち抜かれた男は堪らずその場に倒れ込む。ランディの計(はか)らいで大きな血管を逸らして撃ち抜かれた被弾部(ひだんぶ)は、大した出血には至っていない。
 地面の上で呻く男の元に、ランディは銃口を向けつつ悠々と歩み寄る。
 「ラブコールだけしてトンズラとか、連れねぇじゃねえか。……で、お前はなんだ?」
 底冷(そこび)えするかのような声音でランディは問いかける。が、男は応えない。
 「まぁ答えがあるとは思っていない。帰ってからゆっくり、」
 聞くさ。と続けようとしたその時、ランディの足元に拳大(こぶじだい)の鉄筒(てつづつ)が転がった。
 「―― !」
 
 ランディがその正体に気づいて顔を隠すのと、鉄筒が破裂(はれつ)したのはほぼ同時であった。
 閃光(せんこう)と爆音。二人の間に投げ込まれた音響閃光弾はランディの耳と視覚を奪うと同時に、男の逃走時間の確保に成功した。
 閃光弾が爆発するのと同時に、予(あらかじ)め耳(みみ)栓(せん)をし、地面に伏せていた男は足を引きずりながらも素早い動きで走り去った。
 「てめぇ!」
 ランディはその事を気配だけで察知したが、少なからずダメージをもらったこの状態で後を追うことは出来なかった。
 しばらくその場でやり過ごしたランディは、未だ閃光弾を浴びてチカチカする瞳を開ける。
 目の前にはもちろん人影はなく、ご丁寧に血痕も靴底でかき消されおり、足取りを追うのは困難だった。
 「首領(ボス)!」
 閃光弾のダメージが聴覚にも大分来ていたらしい。そんな切羽詰(せっぱつ)まった部下の声は、真後ろまで走り寄ってきてからの事だった。
 ランディは後ろを振り返る。
 「どうした」
 「大変申し訳ありません。先程捕縛(ほばく)した首謀者ですが、僅かな隙をつかれ殺されました」
 これで先程の闖入者(ちんにゅうしゃ)が何者なのか、という問いに答えが出た。あのフードの男は捕縛された首謀者が余計なことを喋らないよう口止めに来たということだろう。【死人に口無し】とはよくいったものだ。
 ランディは深くため息をすると、咥えたままだった煙草に火をつけ、紫煙(しえん)を燻(くゆ)らせる。
 「それで、こちらに被害は」
 「警戒に当たっていた数名が手傷を負いましたが、軽傷です」
 「分かった。これ以上深追いはするな。ひとまず今日のところは後始末をつけて本邸に戻る」
 部下は大層申し訳ないといういたたまれなさからか数秒その場で立っていたが、ランディの一瞥(いちべつ)で任務に戻っていった。
 ランディはしばらく人影があった場所を睨んでいたが、だいぶ短くなった煙草を足元に投げると、残り火を足で揉み消した。
 
 
 
 「……stronzo(クソッタレ)」
 
 彼の罵倒(ばとう)は誰に届くわけでもなく。僅かに鉄の匂いを漂わせた闇夜に溶けていった。

© 2017- izumi soya

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