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愚者00
ランディが昼ごはんにと用意した料理は、そりゃもう絶品であった。
牛乳や卵、小麦粉といったシンプルな材料だけで構成された生地を、ソーセージ1本を切らずにそのまま豪快に数本丸々一緒に焼き上げたその家庭料理は、彼のオリジナルなのかパプリカや黒胡椒が適度にのっている。
5種類もの野菜をぶつ切りにしてこれまた豪快に煮込んだ料理は、コンソメベースの濃いめの味付けで食欲を増幅させる。
麦と野菜を使ったサラダやじゃがいもベースのスープも、豪快なようでいてその味は繊細だった。
締めにはデザートもついているという手の込みようである。
ルカ自身相当お腹が減っていたということもあるが、それを抜きにしてもプロ顔負けの腕である。その味に思わず歓声が上がりそうになったが、ルカは顔に出さないように必死に無関心を貫いた。
ふたりが遅めの昼食を終えようとしたその時、店の入口につけられた鈴が景気の良い音を立てた。
「おー、久しぶりに店が開いてると思ったら、やっぱりディー坊じゃねーか」
そう言って入ってきたのはいかにも土木工事の現場で働いていそうな筋肉隆々の男である。
習性で反射的に臨戦態勢に移行しようとルカは椅子から腰を浮かせそうになったが、ランディはそれを肩を押して制すと、男の前に立った。
「しばらく来ないもんだから、店じまいしちまったんじゃねーかと思ったぜ」
「ちょっと最近家がばたついててな、顔出せなかったんだよ。で、今日はどうした?」
ランディが来店の要件を男に尋ねると、その巨漢に似合わず恥じらいながら答える。
「いや、今度オレの嫁さんの誕生日でよ、それで腕時計でもプレゼントしてやろうかと思ってるんだが、ディー坊に作ってもらおうかと」
男の言葉にランディは、まるで好きなおもちゃをもらった時の子供のようにキラキラとした表情になる。
「そんな大事なものを俺に頼んでくれるのか!」
「ディー坊だからじゃねーか!ファミリーのこともそうだが、技術者としてのディー坊の腕もみんな認めてるぜ」
ランディは慌ただしくデスクから依頼書を出すと細かい要望や期日などを男と相談する。
と、そこでやっとルカに気づいたのか、男はちらりと見ると、ランディに彼について質問する。
「なぁディー坊、あの汚いガキはなんなんだ?」
「ん?あー特に気にしなくていいぞ」
「街でもディー坊が見たことねぇガキ連れて歩いてたってみんな気にしてたぜ?…まさか、またギュスターヴの旦那狙われたんじゃねーだろうな!?」
そういうと鬼のような形相で男はルカを睨む。
殺気を向けられてはルカも黙っていられない。再び隠し持ったナイフに手を伸ばすが、またしてもランディによって止められる。
「そんなガキでも殺れるようなタマだったら俺もこんなに苦労してねーよ。そいつは同盟ファミリーから預かってるだけだ」
そういうと書き終わった契約書を男に手渡す。男はまだ何か言いたげであったが、ランディの顔を見てため息をついた。
「ま、お前さんがそういうなら俺は何も言わねーけどよ。本当に何かあった時は俺たち住民は全力で助太刀するぜ」
「ありがとうな。そん時は、今回のまけた料金分きっちり請求させてもらうぜ」
それから一言二言交わした後、 「まだ仕事が残ってっから!」と、男はそのまま入ってきた時と同じように慌ただしく出ていった。
********
――その日の夜。
ルカは「この部屋好きに使っていいから」ととある一室を与えられた。特別どこかを拘束されたり、かといって外側からしか開けられない鍵などついているはずもなく、至って普通な部屋。むしろベットも机もきっちりしている。
【6大ファミリー】の首領の首を、それ以前に自分の父を手にかけようとした相手に対して、いささか以上に不用心すぎる。
『あいつの考えがまるで理解出来ない』
己の10年間を振り返っても、ここまで人に良くされたことなど皆無な彼にとっては、ランディの行動すべてに何か裏があるのではないか?と考えてしまう。
やられる前に、やらなければ――……
ランディは凝り固まった体を解すようにその場で伸びをする。ついでに時計を確認すると、時刻はもうすぐ深夜3時を指そうとしていた。
『さすがに没頭しすぎた…』
机の上には無数の歯車やそれをつなぐ部品やネジなどが散乱している。
遅めの昼食を考慮して、軽めに夕食を済ませた後、ランディはずっと昼間に依頼された時計制作に励んでいた。工具に触るのも随分久しぶりであったため、つい興がのってしまった。
ただでさえ朝には弱いのに、このままでは確実に起きられないと判断したランディは、そのまま席を立とうとして――
ギィン!!
背後からの一閃を持っていた工具で弾き飛ばす。ルカはその反動をも利用して追撃するが、ことごとく受け流される。
何度目かの打ち合いを経て、ようやく両者は距離をとる。
「何時だと思ってんだガキ。子供はおとなしくベットでピーターパンの夢でも見てろよ」
心底げんなりしている声音でランディが言うが、ルカは一向にその刃を収めない。
「お前は一体何考えてる。僕はギュスターヴの首を狙う刺客だぞ。どうして何もしないんだ」
青灰色と紫色の視線が交錯する。月明かりのみで照らされた室内には、時を刻む音と、ナイフがカタカタと震える音だけが響いていた。
ルカのその姿を静かに見ていたランディだったが、ついに根負けしたのかため息をつく。
「俺はさ、この第五区画に住む人間は全員が【家族】だと思ってる。そりゃそれぞれ所属してるファミリーはあるし、ギュスターヴだってそんな大人数抱え込めるわけねぇが、それでもここに住んでいる以上、できるだけ笑って生きて欲しい――それはここにいるお前も同じだ」
そう言いながら、手に持っていた工具をそばにあった机の上に置いた。
「暗殺者や襲撃者の大半は目の前の報酬に目が眩んだ、人殺しが好きなクソ野郎ばっかりだ。そんなやつに情をかけてやる義理はねぇが、少なくともお前は違ぇだろ。だからその理由を話すまで、俺はいつまででも待ってやる」
ランディの不敵な笑みに言葉をつまらせるルカ。何かを言おうと口を開くが、すぐに固く閉ざされてしまう。
「あんたに話したってどうにもできないよ」
その言葉は暗に『問題を抱えている』と言ったようなものだったが、ルカはそのことに気づかなかった。
『今はそれで充分だ』とランディは思う。半日行動を共にしただけでは信頼関係など築けるはずもない。
「まぁそうかもな」と頭をかくランディは、もうこの話は終わりだとばかりに右手をひらひらとさせる。
「クソジジイの嫌がらせとガキの子守で疲れてんだ。今日はもうおとなしく寝てくれ」
そういうと彼は未だにナイフから手を離さないルカに背を向けて、夜の帳に姿を消した。
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