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 ギュスターヴファミリーに属している人間は、どこかしらに【タグ】をつけている。
 端的にいえば【俺はギュスターヴの人間だ】という忠告兼身分証のようなもので、常に肌身離さずつけている。一般的なタグと違い、中身は歯車で構成されている。
 だがそれは表向きの説明書だ。ギュスターヴのタグにはまだ隠された仕組みが存在する。
 それは――……

 ********

 ――なんやかんやで、3日もの日がたってしまった。
 この3日間ランディ·ギュスターヴという人間を観察してきたが、彼はルカが知っているマフィアとか根本的に異なるあり方をしていた。
 街に出れば至るところで住民に声をかけられ、おすそ分けをもらっては「ありがとう」と感謝される。
 当のランディもふんぞり返っているわけではなく、住民たちとの会話を楽しんでいるし、何かあれば現場に出向いて直接問題を解決したりしている。
 そして店に帰れば食事以外の時間はほぼ依頼の時計制作に明け暮れている。
 「あんたって、そういうこともするんだな」
 そう尋ねると、彼は「まぁそういう家系だしな」と答えた。
 元々は技術者や科学者だった最初の6人によって作られた【6大ファミリー】は、数百年経った今でもマフィアとしての顔と技術者としての顔を持ち合わしている。
 この【ミスリル(宿り木)】を統治するものとして、誰よりもここの構造を知っていなければならないからだという。
 ランディの銃もエルヴィンの銃も、それぞれ彼らの好みにカスタマイズされているらしい。
 「そんなことを抜きにしても、ものづくりとか機械いじりは俺の好きなことだからな」
 ランディはそう締めくくると何事が閃いたのか、「お前もできんじゃねーか?」とルカに切り返した。
 「僕なんか出来るわけないだろ」
 「だって暗殺とかって結構細かい作業とかやるし、手先が器用そうなやつがやるイメージがある」
 「勝手にイメージ植え付けないでよ…」
 そのまま工具を押し付けて「絶対ハマるから!ちょっとでいいからやってみろ!」と自分の趣味に引きずり込もうとするランディを振り払うのは本当に骨が折れた。やつの前では2度とこの話はしないでおこうとルカは心に決めた。
 そうして過ごしている間に、3日もの時間が過ぎてしまったのである。


 今日も今日とてルカはランディの買い物やら顔だしやらに付き合わされていた。
 「そのままだと不審がられて一々説明が面倒くせぇ」ということで、それなりの衣服を借りている。伸ばし放題だった髪はそのままではあるが、リボンで一つにまとめている。ここずっと2人で街に出ることが多いので、周辺に住んでいる人たちには当たり前の風景になりつつあった。
 しかし。
 『いい加減、終わりにしなければ』
 ランディを観察しつつこの3日間、ルカはその強迫観念に苛まれていた。 
 失敗したまま戻れば間違いなく制裁が加えられる。しかしルカにとっては自分がいくら暴力を振るわれようが関係はない。彼が懸念しているのはただ一つ――
 『早く帰らなきゃ、今頃あいつがどんな仕打ちを受けているか…』


 ――ドンッ

 考え事に集中していたせいで前方から人が来ていることに気づけなかったルカはそのままぶつかってしまう。
 「あ、ごめんなさい、」 
 「いえいえこちらこそ、ごめんなさいね」
 そういうと相手はさして気にもせずに歩きさってしまう。しかし、ルカにはそれが特別なことに思える。彼の人生観で言ったら、間違いなく問答無用で暴力を振るわれるであろう場面だから。
 と、気づくと随分ランディから離れてしまった。彼に追いつこうと足早に歩きだした瞬間――

 「随分楽しそうじゃねぇか、ルカ」

 ――聞き間違えるはずもない、こちらを【虫けら】としか認識していない男の声が、人混みの中からかけられた。

 姿は確認出来ない。しかし、確実にやつが、そこに居る。
 ルカは嫌悪と緊張と、それ以上の恐怖と畏怖で脂汗を浮かべながら、その男の名を呟いた。

 「ヨゼフ·ハーバート…!」


 「こんなところにいたか、ランディ」
 八百屋の前で店主と世間話に興じていたランディは、後ろからそう声をかけられた。
 「ツキヒトか」
 そこには、ギュスターヴファミリーの最年少幹部で、暗躍や諜報を主に任務とする青年――アララギ·ツキヒトが立っていた。
 この第五区画では珍しい東洋系の顔立ちで、黒髪を短く切りそろえてある。ファミリーきっての狙撃の名手でもある男だ。
 「頼まれた件、あらかた調べておいたぞ」
 「助かる。それで、親父は?」
 手渡された紙切れをさっと見たあとランディが尋ねると、同じくエルヴィンに振り回されているポジションのツキヒトは肩をすくめる。
 「あの人は気まぐれだからな。何も考えていないのか、はたまた何かは考えているのか」
 「お前には同情するぜ…」
 「そんなことより、今日はあの子供と一緒じゃないんだな。店に置いてきたのか?」
 ツキヒトの問いかけに「いや、後ろにいるはずだけど」と振り返る。
 そこで初めて、ルカが周囲から姿を消していること気づいた。

 「…ルカ?」

 振り返った先には、ルカに持たせていた野菜や果物が入った紙袋だけが、石畳の上に転がっていた。

© 2017- izumi soya

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