top of page

2

 自己紹介が遅れてしまった。私の名は蘭城月仁(あららぎつきひと)。
 何度もくどいようだが、この第五区画では珍しい東洋人で、元々は第三区画の出身だ。
 黒い髪に茶色の目。とくに整っている顔立ちというわけではなく、平々凡々(へいへいぼんぼん)だと自負(じふ)している。
 人混みを歩けば紛れてしまうような、これといってインパクトのない私だが、しかしとある所持品(しょじひん)がそれを許さない。
 それは、左耳に下げた機械仕掛けのタグがついた耳飾りだ。
 これは第五区画を裏から統治する【六大ファミリー】の一画、ギュスターヴファミリーの一員であることを示す身分証のようなものだ。事実、私はギュスターヴファミリーの一構成員、一幹部として任務に従事している。
まぁ、それも先代、エルヴィン·ギュスターヴが首領としてその座に君臨していた時の話だ。
 いま彼は妻と共に姿を眩ませている。元々誰にも縛られるような御仁ではなかったので、彼の失踪自体にはファミリー全員「いつかはくるだろう」と割り切っていた。
 そんな父の跡を継ぐ形で現首領になったのが、実の息子であるランディ·ギュスターヴなのだが、彼の話は長くなるのでまた後日にしよう。
 ギュスターヴファミリー内の私の立ち位置は、暗躍や後方支援といったサポート任務が多い。
 幹部といえばもっと表立って活躍するものを想像するだろうが、私はそういう目立つ行動は好まない性格である。
 戦場では長距離からの狙撃で、情報戦では相手の懐に入り込み内情を探ることでファミリーの脅威を排除するのが、私の主な任務だ。
 
********
 
 「つまりお前さんは、どういう人間なんだ?」
 長々と私の自己紹介をしたのだが、どうやら隣に座る彼の欲求を満たすには至らなかったらしい。
 彼と主人と三人で、あの入手困難な日本酒を開けてから数日がたった。その間彼とはよく同じ時間に会うことが多くなり、今日もそのうちの1日だった。
 「それはお前さんの表向きの自己紹介であって、内面がさっぱりじゃないか。どういう性格なのか、どういうものが好きなのか〜、とかは無いのか?」
 彼―片桐壬(かたぎりじん)は苦笑しながらそう続けた。
 確かに先ほどの自己紹介だといささか不充分であった。私は考えるために顔を少し天井に向けると、そこで動きを止めてしまう。
 「……普通の人からは、とっつきにくい性格かもしれないな」
 「数分考えてそれか!?お前さん面白いな!」
 私の言葉に壬はケラケラとわらった。【面白い】と言われることはなかなか無かったので、私は「そうだろうか」と独りごちた。
 「【とっつきにくい】という自覚があるところが面白い」
 「何分この性格で二〇数年生きてきたからな。多分もうどうにもならないからこれからも付き合っていくさ」
 わりあい私は自身に対しても距離を置いて見ることが出来るので、自分が気難しい性格であることは重々承知はしていた。
 しかし別段どうにかしたいとは思うことは無かったので、多分一生、私はこのまま生きていくのだろう。
 「それなのに、あなたはよく私のような人間とつるもうと思うな」
 「なに、俺はあんたのことを気に入っているからな。それと出会ったことのない部類の人間だから、よく見てみたいのさ」
 「随分物好きなんだな」
 変わり者同士、気が合うということだろうか。彼とは出会って日が浅いが、それでも気分が悪くなることもなかった。
 「ところで今日も来るのが遅かったな。今日はどんなことをやったんだ?」
たとえ打ち解けた相手であっても自身のファミリーの内情を漏らすことは許されない。
 私は「そうさな、」と前置きをしてから、ぼんやりと今日の出来事を話す。
 「まずは首領のたたき起こしから始まって、右腕に預けてからは書類作成、外回りをして二度絡まれたので軽く懲らしめた。その後第三階層にある窓口が襲撃されたからそれの鎮圧及び後始末、といったところだ」
 「……随分とアグレッシブな日常を送っているんだな……」
 「一日三度襲撃されることもあるから、今日はまだ楽さ」
 私はお猪口(ちょこ)に入った酒―今日は熱燗(あつかん)の気分だった―を煽ると、壬にも今日のことを尋ねる。私ばかり喋るのも、割に合わないというものだ。
 しかし彼は「ん〜、俺は今日もこれといって話題になるような出来事はなかったな」とはぐらかされてしまう。
 出会ってからこれまで、彼はいつもこんな調子であった。私のことは尋ねてくるが、壬自身のことを話すことは無かった。
 出会ってまもない間柄であったし、こんな世の中だ。話したくないことや話せないことは誰しも抱えているし、事実私も彼に話していないことは沢山ある。
 それ以前に、私は今のこの状態に満足していた。
 
 お互い必要以上に踏み込まず踏み込ませず。こんなに楽なものだとは知らなかった。
 「そうか」
 私は短くそう返すと壬と二人、飽きることなく他愛もない話で盛り上がっていった。
 ――今日もそうして、夜がふける。

© 2017- izumi soya

bottom of page