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10

 降り続く雨の中を、傘もささずに男は歩いていた。
 そこは黒雲も相まって【最下層(ダストボックス)】に酷似(こくじ)した闇の中だったが、辺りにこだまする喧騒がその場所ではないことを物語っていた。
 【宿り木(ミスリル)】第二階層、そこにあるそこにある【グロッタ】という区域だった。
 一般人が足を踏み入れるには、その場所はあまりにも異様な雰囲気に包まれていた。事実この場所を訪れる一般人といえば余程の命知らずか、ともすれば何も知らない純粋な民間人だけであろう。
 男はそんな緊張感の中を大通りを使うことなく、さらに細い路地を縫うようにして歩いていた。
 ばしゃり、と一際大きな音を立てて迷いなく進めていた足を止める。
 男はそのまま路地の陰に隠れながら、向かいにある建物を窺(うかが)う。
 男の視線の先には、この異質な空間にあって一際存在感を漂わせる混凝土(コンクリート)の大きな建物が屹立(きつりつ)している。
 至る所にある窓枠にはガラスははめられておらず、そのまま吹き抜けの空洞になっている。そこから覗く建物内部には、大勢の人間が集まっていることが遠目にも見て取れた。
 「……どうやらビンゴのようだぜ」
 顔の左反面に大きな古傷があるその男――イグニスは、仕入れた情報と照らし合わせることで一人確信へと至った。
 あれから数日間、依頼者であるランディとイグニスはそれぞれの情報網を駆使して共有し、今回の事件の黒幕である組織、ひいてはその親玉である 【Sefirot(セフィロト)】に関する情報を集めるだけ集めることに費やしていた。 
 各々の情報を照らし合わせた結果、二箇所の危険区域で秘密裏かつ盛大な会合が行われているらしいという仮説にたどり着き、こうして一方を確認しに来たわけだ。
 木を隠すなら森にとはよく言ったものだ、とイグニスは思う。
 このグロッタは【最下層(ダストボックス)】とはまた違った意味で無法者が集まることで有名だ。裏の賞金稼ぎや荒くれ者、マフィアを追放されたものや薬物売買の商人。【宿り木(ミスリル)】における汚点と言っても過言ではない場所だ。そんな中で行われる秘密裏な会合など数えたらキリがない。
 と、そこまで考えてイグニスはようやく己の背後が疎(おろそ)かになってしまっていたことに気がついた。
 背後に気配――その人物が砂利を踏み砕く音を隠しきれず僅かに鳴らした瞬間、腰に佩(は)いていた機械剣を引き抜くと、イグニスは振り向きざまに薙いだ。
 金属と金属が激しく打ち合う甲高い音が路地に響き渡る。容赦なく振り抜かれた機械剣は受け止められることなく勢いそのままにいなされ、流されていた。
 しかし情けなく振り切られた剣によって生み出された衝撃波は防ぐことは出来ない。それは烈風(れっぷう)となり両者の間を吹き抜け、顔を撫(な)でた。
 割と本気を込めた一撃をいなされ不本意なイグニスは、背後にいた人物に問いかける。
 「……ったく、気配を消して背後から近づくなよ」
 「失礼、性分というか習性のようなものですから」
 まるで暗殺者(アサシン)の如く気配を消して現れたのは、現ギュスターヴファミリー首領(ボス)の右腕である金髪の少年、ルカだった。
 打ち出された剣を受けるのではなくいなしたのは、二人の体格差からして確実に己が力負けすると一瞬のうちに判断からだ。
 いけしゃあしゃあと受けたナイフを手に語るルカに癖癖(へきへき)しながら、抜いた剣を鞘に納めるイグニスは、さらに問いかける。
 「なんでお前さんがこんなところにいるんだよ」
 「ランディに命令されたからですよ。まぁされたと言うより僕が言わせたんですけど」
 含みのある物言いに、イグニスは頭を捻(ひね)る。言わせたという言い回しもそうだが、あのランディ(あまちゃん)が命令したという部分にだ。
 そんなイグニスを正眼に、ルカはこんな場所だというのにあくまで和やかな表情で告げた。
 
 「僕は僕の意志で、ここにいます」
 
********
 
 時は少し戻る。
 数日間に渡って降り続いている雨はとどまることを知らず、今日もその例に漏れなかった。
 第五区画第五階層、ギュスターヴ本邸の執務室に。、ランディは気難(きむずか)しい顔をして紙面と向き合っていた。
 その紙には、ここ数日で集めた敵対組織の規模や彼らの活動内容、根城の目星などが書かれていた。
 集めた情報から推測される敵対組織の根城は二箇所。そして不定期に行われる会合は今日の夜に開かれるらしい。敵地を調査するにせよ急襲するにせよ、仕掛けるのなら今晩が最適であろう。
 お互いにどちらに行くかは既に打ち合わせ済みだ。ランディは室内に掛けられた時計を見ると、時刻を確認する。
 『そろそろ行くか――』
 ぱさりと手に持っていた紙束を机に放ると、椅子にかけてあった背広を手にランディは席を立つ。
 人気のない低内を、ランディは足早に歩く。
 ここの所ずっと働き詰めの構成員たちは今日も外の巡回に出てもらっていた。父であるエルヴィンが不在で浮き足立っているだろうに、みんな良くやってくれている。
 ――それもこれも、今日で終わりにしてやる。
 万が一なにか問題が起こればルカに指示を出してもらう手筈(てはず)になっている。彼は一五の少年だが、仕事の優秀さにおいては信頼している。
 「――そんな形相で、一体どこに行くのさ?」
 玄関の取手に手をかけたと同時に投げかけられた声に、思わずギクリとする。思考に埋没していたせいか陰に潜むようにして立っていたルカに気づかなかったらしい。
 「い、居たのかよ」
 「普通に立ってただけなんだけど。それで、ここの所ずっとコソコソと出掛けてるみたいだけど?」
 ルカはかつて暗殺者として教育を施されていたせいか、たまにこうして気配を消すことが多い。本人は気付いていないようだが、ファミリーの中で一番付き合いの長いランディでさえたまに見失うことがあったりする。
 恐らくここ数日一人で出ることが多くなったランディを張っていたのだろう。彼の言葉の後には言外に「一体どこで何をしているのか」と続いているようだった。
 見事に引き留められたランディはバツが悪そうに頭をかいた。
 何を言おうか悩んで沈黙してしまったが、その間がルカは愉快では無かったらしく、ランディの返答を待たず畳み掛けるように切り出した。
 「ランディは、いつになったら僕を信用してくれるの?」
 
 ルカの容赦のない言葉に、ランディはハッとする。言い訳を考えようと泳がせていた瞳を、そろりとルカへと合わせた。
 そこには、悲壮感(ひそうかん)を漂わせた少年が立っていた。
 「……信用してなかったら、大事な場面で指示出し任せたりしないだろ」
そういう事が言いたいのではない事くらい、ランディは分かっている。だが彼は今までも何度もそう問いかけられる度に、こうして話をはぐらかしていた。
 いつもならここで途切れる話だったが、今回ばかりはルカは許さなかった。
 ランディが言い終わると同時に噛み砕かんばかりに歯を食いしばり、ルカは思いの丈(たけ)を遂(つい)に爆発させた。
 「ランディがファミリーを思って危険に晒したくない気持ちは、みんなよく分かってる。他人に危害が及ぶようなら自分の手で始末をつける、あんたはそういう人間だ。だけど……その気持ちは、みんなだって、僕だって同じだ!」
 それは、屋根を叩きつける雨音さえも掻き消えるほどの、叫び声だった。
思わぬ反論に、ランディは立場を忘れ息を呑む。ルカの叫びには、それほどの悲痛さが込められていた。
 「初めて会ったあの時から、僕は守られてばっかりだ。ご飯もくれた、優しさもくれた、居場所もくれた!その居場所を、恩人を、僕にも守らせてよ!」
 見据(みす)えた先には、顔を涙で濡らす少年の姿。ランディの記憶の中でそれは初めて見る、ルカの涙だった。
 「背中を追いかけるのはもう嫌だ……いつになったら僕は、あなたに恩返しが出来るんだ……!」
 激情のあまり流れ出した涙を見せまいと、ルカは強引に腕で拭(ぬぐ)うと、遂に本心を吐露(とろ)してしまったいたたまれなさから俯いてしまう。
 まるで時が止まったかのような空間に、未だ勢いが弱まることのない雨音だけが鳴り響く。
 沈黙を破ったのは、ランディだった。
 「っっだーーーーーー!!何やってんだ俺は、クソっ格好悪ぃっ」
 突然の豹変(ひょうへん)ぶりに、今度はルカが目を丸くする番だった。どうしたものかとオロオロしだすルカを他所に、ランディは苛立ちげに頭をかく。
 『歳下の子供相手に気を使わせるなんて、飛んだクソ野郎だな、俺は!』
 「ちょ、ちょっとランディっ?!」
 かつてこれほどまで狼狽(ろうばい)したルカを見たことがあっただろうか。 目を白黒させるルカを正面にしっかりと向き合うと、ランディは深く頭を下げた。
 「――すまなかった」
 固く目を瞑(つむ)り、ランディは苦々しく溜めていた息を吐き出す。度々この性分には癖癖していたが、今回ばかりは己の愚鈍(ぐどん)さに心底嫌気がさした。
 「お前を信頼していないわけじゃないんだ、それは本当だ。他の奴らにも引けを取らないくらいの実力や駆け引きがお前には出来ることを俺は知ってる」
 ただ――と、それでもランディは部下を、特にこの少年に強く命令することが出来なかった理由を打ち明ける。
 「お前は散々【マフィア】に振り回されて人生を狂わされて、拾われた先も同じ【マフィア】だ。…ファミリーに加えたいと言い出したのは俺だ。だがあの時あの状況でそれを言い出すのは、半(なか)ば強制に近かったと思った」
 四年前のあの日、あの廃教会の前でランディはルカに「ファミリーになってくれ」と問いかけた。ランディ自身は本当に彼の人格を好ましく思い、そう声をかけた。
 しかし、目の前の少年が、自分と同じ思いでいるとは限らない。
 あの時はルカもまだ十の子供で、誰一人として頼れる相手がいない立場だった。ランディの提案を断ることはそのまま文字通り生死を分けることと道理だ。そんな状況では提案を飲み込む他無いだろう。
 貧民街で暮らし連れ去られ、唯一の肉親をいたぶられた先に殺されたルカには、マフィアを恨む権利がある。そんな彼に、マフィアである自分がどうして命令できるのだろうか。
 しかしもし、もし彼が本当に信を置いてくれているのなら――。
 「お前が本心を隠して、無理をして俺に付いてきてくれているのなら、ここで出ていってくれて構わない。でも、もしさっき言ったことが本心なら、俺も今度こそお前に命令するのを躊躇(ためら)わない」
 再び、ふたりの間を雨音だけが木霊(こだま)する。
 下げた頭が上げられない。ランディはただその時を待った。
 カツン、と踵が床を鳴らす音が聞こえる。そのまま速度が早まったかと思えば、突然脳天に刺さるような激痛が襲いかかった。
 「〜〜〜〜いってぇ!?!いきなりなにすんだよ!?」
 堪(たま)らず下げていた頭を上げると、ナイフを逆手に持ったルカが柳眉を逆立てながら立っていた。どうやら手にしたナイフの柄でランディの頭を殴ったらしい。
 「ってナイフで殴るほどか!?」
 「危うく鞘から引き抜いて、刃をつき立てようと思ったほどには殺意が湧いた」
 「シャレになんねぇ……」
 怒気をはらんだ低音のルカのセリフに思わずたじろぐ。こいつだったら本当にやりかねない。
 「全く僕に対してそんなことを思っていただなんて、本当余計なお世話だ。そんなこと、あんたが考える必要ないじゃないか。全く何度も言わせないでよ……」
 ほとほと呆れたといたげにルカは左右に頭を振ると、手にしたナイフを床に置き、そのまま跪(ひざまず)く。
 
 「僕は僕の意志で、あなたに付いていく。それは四年前のあの日からずっと変わらない。あなたの描く世界を、あなたの隣で見届けたい」
 
 【隣で】という言葉に、熱が篭(こも)っているように思えたのは気のせいではないだろう。
 彼はずっと待っていたのだ。ランディが自分に命令を下してくれるその時を。
 何度もどかしいと思っただろう。何度逆上しようと思っただろう。しかしルカは、ランディ自身がその事に気づいてくれる時を根気強く待っていてくれたのだ。
 どうやら自分は余程人を見る目がないらしい。誰が自分を認めてくれなくても、たとえ全員が自分を【首領(ボス)】と認めてくれなくても、彼が信じてくれるなら、自分はその想いに応えなくては。
 「……全く、どっちが大人なんだかな」
 居心地悪そうに後ろ首をかくランディだったが、しかし――覚悟は決まった。
 一呼吸置き姿勢を正すと、そこには唯一(ゆいいつ)無二(むに)の首領(ボス)の姿があった。
 「これから一連の事件の関係者と思われる奴らの根城を叩く。散々俺らを振り回してくれた連中だ、遠慮はいらねぇ。【ギュスターヴ(おれら)】に喧嘩を売ったことを、後悔させてやれ」
 底冷(そこび)えするような低声でようやく下された首領(ボス)の命令(オーダー)に、ルカは身を震わす。
 跪いたままだったルカは、まるで騎士が主君に頭(こうべ)を垂れるような流麗(りゅうれい)な動作で片手をつくと、恭しく低頭した。
 
 「首領(ボス)の仰せの通りに」
 
 外の雨は相変わらず強く降り続いていたが、ふたりの間に降りていた暗雲は消え去り、晴天のように軽やかな空気に満ちていた。
 
********
 
 『僕の意志でここにいます』
 そう告げるルカの短い言葉には、自分には到底読み取ることの出来ないほどの何かが込められているようだった。 否、それは部外者は理解してはいけない。
 それ以上は無粋と判断したイグニスは、「そうかよ」とこちらも短く返答することで終えた。
 「しかし、何でまたオレの方に来たんだ?その流れだと普通は奴(やっこ)さんに付いてくもんだろ」
 「本当は僕もあんたなんて放っておいてランディについて行きたかったですよ。でもランディはこっちの方が当たる確率が高いと踏んで僕を回したんです」
 隠す気が微塵(みじん)もなく発言の端々にトゲがあるのは気のせいではあるまい。ランディは唯一イグニスを自分の仕事の相方と認めてしばらく行動を共にさせていたのだ。多少なりとも不満に思っていたことだろう。
 簡潔にいうと妬(や)いている訳だ。歳のくせに随分と冷め子供(ガキ)だと思っていたが、存外に可愛いところもあったらしい。
 口を尖らせながらそう言うルカを見て、自分の立場も忘れてイグニスはくつくつと笑ってしまう。
 「……ちょっと、何笑ってるんですか」
 「いやぁ?健気(けなげ)なもんだなと思っただけだよ」
 「それ貶(けな)してますよね?」
 「おいテメェら、こんなところで一体何やってんだ?!」
 どうやら馬鹿話が過ぎたらしい。向かいの建物の入口を見張っていた男のひとりが気配に気づき、こちらに向かってきた。
 「ありゃま、どうしたもんかね」
 あくまで軽い調子で呟く。イグニス本人としてはひとまず偵察(ていさつ)を終えた上で、改めて身なりを整え、万全の状態で襲撃を行うのが第一のプランだ。
 ここは無難に一般人を装って一時退却を……とこちらに敵意がないことを示そうとしたその時、イグニスの横を一陣の風が横切った。
 イグニスの背後に立っていたルカが放ったナイフは寸法違わず男の額(ひたい)に突き刺さり、頭蓋(ずがい)まで到達したナイフはさながら、死神の鎌の如く一瞬で相手の命を刈り取った。
 何が起こったのか分からないまま絶命した男は、額から大量の血煙を上げるとぐしゃりと地面に倒れ込んだ。
 まさに刹那の出来事。正しく状況を理解出来ているのはナイフを投げたルカと、こうなることを事前に視えていたイグニスだけであろう。
 たっぷり数秒後、同じく出入口を固めていた傍らの男が事態の緊急性を遅まきながら察知すると、固まっていた己を叱咤(しった)するように大声を上げた。
 「――な、何者だてめぇら!?」
 男の警告が建物内に集まっていた仲間にも届いたのだろう。吹き抜けの窓から見えていた室内が、直前とは違った緊張感に満ちたものに変わる。
 ここまで約一分半。流れるままに事の成り行きを見ていたイグニスは、後ろの少年に呆れ果てた声をかける。
 「……おい、お前さん一体何してくれちゃってんの。ここは穏便に済ませようと思ってたのに、オレの計画がおじゃんよ」
 「そんなこと言って、僕がこの場に来た時点でこうなることはあんたには見えていたでしょう?それに……」
 建物の入口にはバタバタと武装した男達が集結しつつある。しかしルカは一切物怖(ものお)じすることなく、まるで散歩をしているかのようにゆったり とした歩みで相対する。
 
 「――それに、ようやく首領(ボス)が命令らしい命令を俺にくれたんだ。滾(たぎ)って仕方ない」
 
 脇を抜け追い越したルカの表情はイグニスには見て取れない。しかし彼がどんな表情をしているかなど、この未来視(め)で見なくとも手に取るように分かる。
 相手の数は未知数。対してこちらは二人。数の上でも情報戦でも圧倒的に不利。
 だがそんな当たり前のことを提言(ていげん)しても、この少年を止めることは出来ないだろう。どれだけ達観していようとも十五の少年。まだまだ保護者が見張っていた方が安心するというものだ。
 やれやれと肩を竦めたイグニスはしゃらりと腰の鞘から機械剣を引き抜くと、ルカのあとに続く。
 「しゃーねぇなぁ、今宵は一丁(いっちょう)派手に輪舞(ロンド)を踊ってやろうじゃねぇか」
 
 舞台の開始の音頭(おんど)はなく、奏でられる音楽はやまない雨と優雅さとは程遠い斉射音。
 一斉に吐き出された無数の弾丸の雨の中、二人の男は軽快なダンスを演舞するかのようにその渦へと身を踊らせた。
 
********
 
 同時刻。第五区画第三階層にて、燃え盛るような髪を雨に濡らしたランディは、構うことなく人気のない路(みち)を歩いていた。
 ふと、その路を塞ぐようにして、路の先の階段の上に一人分の影が立ち塞がった。
 「――ギュスターヴファミリーの首領(ボス)、ランディ·ギュスターヴで間違いないな」
 階段の上の男から口上がかけられる。階段下の路に立つランディは、結果的に見上げる構図になる。
 この第五区画を牛耳るものの長と知りながらなんと不躾(ぶしつけ)な野郎か、などとはランディは微塵も思わない。彼は上から人を支配しようなどとは考えないし、彼こそ探し求めていた人物だと知っているからだ。
 ランディの無言を肯定と受け取った男は、感情を一切悟らせない冷えきった声音で続ける。
 「この先にお前が探しているものは何も無い。……しかし、部下も連れずにノコノコと、【六大ファミリー】の首領(ボス)にしては些か以上に軽率な行動だな」
 男の発言に、ランディは鼻を鳴らす事で一蹴(いっしゅう)した。
 「はっ、莫迦(ばか)にするのも大概にしやがれ。俺はてめぇに用があったんだよ」
 降りしきる雨の中、しかしお互いに傘を差すこともなく対峙(たいじ)する。最初から張り詰めていた緊張の糸が、キリキリと音を立てていく。
 上段に立つ男の顔は、目深にかぶったフードのせいで読み取ることは出来ない。
 ふと、フード越しに顔を睨んでいたランディの視線が男の脚へと向かう。
 「ツキヒトに怪しまれないようにわざと上から傷こさえるたぁな。大変だな、間者(スパイ)の仕事も」
 それとも、と相手の出方を伺うようにしてランディは続ける。
 「アイツに情でも湧いたか?」
 「……情、か」
 沈黙を貫いていた男が、ここに来て感情らしい感情を初めて露呈(ろてい)させる。
 男は根負けしたかのように深くため息をつくと、被っていたフードを払い、その下の第五区画では見かけない黒髪を露わにした。
 「――そんなもの、あるに決まってるだろ。十五年前のあの日、あの時の子供が、今も【マフィア(くずやろう)】に縛られてるんだから」
 ランディを見下ろす男の瞳がより憎悪に染まる。
 「随分と嫌われたもんだ」
 何者にも消すことの出来ない業火のように突き刺さる殺意を前に、ランディは肩を竦(すく)めるだけだ。
 それも仕方の無いことだ。ツキヒトも含め彼にした所業は、たとえ自分たちがやったことではないとしても憎まれて当然のものなのだから。
 「それで?ここで待ち構えていたということは、てめぇも俺に用があんだろ?ジン·カタギリ」
 「そうだな。雨も降っている事だし、手早く済ませよう」
 黒髪の男――ジンは突然の名指しにも動揺することなく、ランディへの問いに銃声をもって返礼する。
 銃弾はランディの斜め後ろに立つ街灯を正確に撃ち抜く。街灯一つ分の灯りを失った事で周囲はより薄暗くなり、ガラスが石畳に叩きつけられる音が拡散した。
 煙をあげる銃口をピタリとランディに向けたジンは、ただ端的に一言だけ告げる。
 
 「――ここで死ね、ランディ·ギュスターヴ」
 
 これ以上の問答は無意味。ランディは腰に吊っていた拳銃囊(ホルスター)からは白銀の回転式拳銃を引き抜くと、鏡合わせのようにジンへと銃口を合わせた。
 
 「――簡単にとれると思うなよ、三下(さんした)」
 
 一際激しさを増す暴雨の中、ふたりの男の信念が、文字通り火花を散らして激突する。

© 2017- izumi soya

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