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​introduction

 視界の先で、ついさっきまで人間だった肉塊(にくかい)が、踊りながら血潮(ちしお)の中に沈む。
 視線を右にずらすと、また血飛沫(ちしぶき)をあげて肉塊が吹き飛ぶ。
 永遠に感じられた刹那(せつな)。そう、数時間にも及んだと思われていたその殺戮(さつりく)は、実際には数分という果てしなく短い時間に行われたものだった。
 この殺戮を行ったのは、他でもない。私自身である。
 私はスコープから顔を離すと、先程まで引き金に添えられていた、自らの手のひらを見る。
 いつからだっただろうか。
 なんの感慨もなく、機械的に、作業的に人を殺すことに慣れたのは。
 かつては恐怖に震えていたであろうその手のひらは、今ではすっかり音沙汰(おとさた)がない。
 耳につけた通信機(インカム)から、制圧完了の報せが入る。
 それは同時に、狙撃手(スナイパー)である私の任務も終了したことを意味していた。
 私は抱いていた白銀の狙撃銃を音楽ケースにしまい込むと、何も残していないことを確認し、その場を後にする。
 
 
 ――背負ったその音楽ケースは、殺した人間の分だけ重く、重く感じられた。

© 2017- izumi soya

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