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愚者00
7
時は少し遡り、ランディと落ち合う前。
第五区画5層。
本邸の半分を爆破解体され、ついでにいうと自室も吹き飛ばされたエルヴィンは、近くにある別邸で寝泊まりしていた。
「本邸の立て直しは60%と言ったところで、2.3日あれば終了する見込みです」
屋敷再建の進捗を伝えにきたツキヒトの報告を聞き終わると、エルヴィンは背もたれのある高そうな椅子から腰をあげた。
「どちらへ?」
「暇つぶしに、街でナンパでも」
「また奥様に半殺しにされますよ」
エルヴィンの2つ下の妻ナタリーは、常に笑顔を絶やさない人格者として有名である。しかしその実、この自由奔放なエルヴィンの轡を引ける唯一の人物であり、ファミリー内で怒らせてはならない人No.1に君臨している。
ツキヒトの言葉にぎくりと体をすくめるエルヴィンだったが、依然その足は出口へと向かっていた。
「熱烈にアプローチしてくれたやつに何もお返ししないのは、紳士の名折れってやつだと思ってな。ちょっと付き合えよ、ツキヒト」
エルヴィンの言葉の真意にすぐに気づいたツキヒトは、小さくため息をする。
全くこの人たちは、揃いも揃ってお人好しだ。しかし、こういう人たちだからこそ、皆惹かれるのだろう。
つかの間ツキヒトはそう思考すると、自身の主であるエルヴィンの後を追った。
********
――カツン、
乾いた音をたててコンクリートの上を転がったのは、【なにか】の【どこかしら】の部位の骨であった。
誰のものかなど一目見ただけでは到底理解出来るものはいないはずだが、しかしルカは直感的に理解することが出来た。
――それは、ルカの妹であり生きる希望であった、リーナのものである、と。
目を見開き、口も無意識に半分開けてしまっている。頭は真っ白であったが、その男の笑い声だけは確かに聞こえていた。
「あんなガキに人質ほどの価値あるわけねぇだろ、最初の最初に殺しちまったよ!滑稽だったなぁ、とっくの昔に死んでる妹の為とか言って、毎日毎日殺人術やら仕込まれて、健気に苦痛に耐えるお前の姿はよぉ!!」
ついに耐えきれなくなったのか、ヨゼフは笑声をあげながら紛れもない真実を口にする。取り囲んでいる男達もたまらず笑い始める。
「そんな……だって……、」
多くの笑い声の中、絞り出すようにそう呟いたルカの声に、ヨゼフは嘲るように答える。
「何年も声も聞いてないやつが生きてるなんて本当に思ってたのか?どこまでもめでてぇガキだなお前!たまにお前に届いてたお手紙とやらも、全部俺らがでっち上げで書いたものなんだぜ?いや〜お手紙を書くなんて初めてだったからよ、だいぶ苦労したぜ?!」
男達の笑い声が響く中、腹を抱えて笑っていた取り巻きのひとりが、先程から身じろぎ一つしないランディに気づくとそのまま近寄ってく。
「なんだよ、言われた通りに会わせてやったじゃねーか。なにか感想はないのか次期首領さま?」
「…………もういい黙れ、」
先ほどのランディの態度そのままに返しながらその顔をのぞき込む――直後、強烈な打撃が男の顎に突き刺さった。
目にも止まらぬ早さで腰のホルスターから拳銃を抜いたランディは、銃身を握るとそのままグリップで男の顎を殴りあげたのである。
そのことに最後まで気づけないまま、顎を強打した男はそのまま失神し、コンクリートの上を転がった。
あまりの速さに、ヨゼフを含めその場の全員がことを理解出来ずにいたが、転がった男の姿が、確実に何かが起こっていることを如実に表していた。
「ガルドーネファミリー。最近名をあげてきた新興マフィア。孤児院や教会への寄付を主な活動としているが、裏では最下層の貧民街から孤児を攫っては、奴隷商人に流したり人体実験用のサンプルとして横流しして生計を立てている、か。なるほど、確かにこいつらは生かしておく価値はないな」
先ほどツキヒトから手渡された紙切れに書かれいた内容だった。ランディはルカの背後にいる組織のことを、前もってツキヒトに調べてもらっていたのである。
先ほどとは打って変わって、廃れた倉庫の中はかつてないほどの緊張が張り詰めている。その元凶であるランディの顔は、憤怒と嫌悪といった色に染まっていた。
「これは【虐殺】じゃなく【粛清】だ。俺の庭で好き勝手やったことの代償は、高くつくぞ」
そういうと、手に持っていた回転式拳銃の撃鉄をおこす。
「俺と1曲付き合えよ。――merda Dudes.(クソ野郎共)」
********
同時刻、2層。
人気のない路地裏を、数人の男が歩いていた。
「明日は3層での取引になります。ヨゼフたちが先に入って現地の取引場所のあたりをつけてもらっています」
部下らしい数人の男の1人から報告を受けているのは、新興マフィアガルドーネファミリーの若き首領、ダビッド·ガルドーネである。
「それで、数日前に送り出した例のガキはどうなった」
「案の定、失敗したそうです。ヨゼフたちにはそのガキの始末も頼みました」
報告を受け盛大に舌打ちをするダビッドだったが、「まぁいい」と踵を返す。
相手は【6大ファミリー】。そう易易ととれたら苦労しない――、
と考えたところでふと前方に目線を向けると、一人分の人影がそこにはあった。
「よぉ、先日は熱烈なアプローチありがとうよ。お礼参りに来たぜ」
建物の影から夕日が差し込む中、その逆光のなかにギュスターヴファミリー現首領――エルヴィン·ギュスターヴは立っていた。
エルヴィンの姿を確認するや否や、ダビッドの部下数人が一斉に銃を構える。
『馬鹿な――』
ダビッドは冷や汗をかく。このルートは何回も視察し、安全性の一番高い自分たちしか知らないルートであったはずだ。なのになぜ。
「ギュスターヴの首領直々にとは光栄だな。どうしてここが?」
「なに、【第五区画(ここ)】は俺の庭だ。迷い込んだ子犬がどの道を好んで使うかなんて簡単にわかることだ」
エルヴィンの言葉を遮って発砲しようと部下のひとりが引き金を引こうと指を動かす――刹那、その男は頭から大量の血と脳漿を向かい側の壁に撒き散らすと、そのまま動かなくなった。
横目にその事態を把握すると、ダビッドは素早く周囲を見回す。
エルヴィンの周囲に部下らしき人影はない。とすると必然的に今の銃撃は狙撃による長距離からのものだと結論づけられる。
しかし今ダビッドたちがいる通りは比較的高い建造物が多く、その上入り組んだ地形になってる。
さらに今は黄昏時。視界もろくにとることができないはずだ。
ダビッドたち数名の部下達も狙撃手を探そうと躍起になるが、その姿はどこにも確認出来ない。その動揺を知ってか知らずか、エルヴィンはあくまでマイペースに話を進める。
「新興マフィアガルドーネファミリー。お前達の噂はよぉく聞いてるぜ?随分おいたしてるらしいじゃねぇか」
1歩1歩ダビッドに近づいていくエルヴィンに、それでも首領を守ろうと銃を構えた部下達は端々から首から上を消失させて息絶えていく。
「お、俺たちはマフィアだ!犯罪に手を染めて他者から奪って何が悪い!お前らもマフィアを名乗る以上、俺たちと本質は一緒だろうが、いい子ぶってんじゃねぇぞ!」
「確かに俺たちもマフィアだが、お前ら小物と一緒にされるのは釈然としねぇなぁ」
数m置いてエルヴィンは立ち止まると肩をすくめながらそう言った。
「首領は組織を生かすためにどんな非道なことにも躊躇なく手を染めなければならない。そしてその責任も負わなきゃならねぇ。ダビッド·ガルドーネ。ここはひとつ、平和的に取引と行こうじゃねぇか」
ここでまた1人、狙撃の餌食となって地面に沈む。数人いた部下も残り2人しか残っていない。
「素直に俺のお願いをきいてくれりゃ、これ以上お仲間から真っ赤な花が咲くところを見なくてすむぜ?なんせ俺は、平和主義者なんでな」
エルヴィンとダビッドが対面している場所から、直線距離2km。
周囲の建物よりすこし高めに設計されている建物の屋上に、蘭城月仁の姿はあった。
「全く、完全に遊んでいるな、あのひとは…」
スコープ越しにことの成り行きを眺める月仁は呆れながら呟いた。
彼はエルヴィンと屋敷を出たあと、ランディとの用事を済ませるため今まで別行動をとっていた。ここへ着いたのはついさっきのことである。
「あれほど私を待てと言ったのに、さっさと行ってしまうんだからな…」
望遠鏡で状況確認をしていたらいきなり敵に囲まれている始末である。その状況には流石の月仁もため息をせずにはいられなかった。
彼はそういうと、抱えている愛銃の位置を正す。
それは【スレイプニル】という銘を打たれた、白銀色に輝くこの時代にそぐわない、近未来的なデザインの長身の狙撃銃であった。
スコープで状況を確認するやいなや、狙いを1点に集中して引き金を引く。
この【ミスリル(宿り木)】において銃、特に狙撃銃は登場してまもない。とても扱いづらい銃で、裏社会の人間でも好んで使う者はごく少数の人間に限られていたが、そんな扱いづらい銃を月仁は軽々と乗りこなせてみせる。
月仁が引き金を引く度に、消音機付きの狙撃銃は、さながら死神のように音もなく男達の命を刈り取っていった。
しかし時折、月仁からは死角となって見えない部分が、その地形には存在した。なるほど、どうやら相手も馬鹿ではないらしい。
だが、月仁にとってこの程度の死角では、なんの障害にもなりえない。
彼はこれまたこの時代ではありえない3Dのデジタルウィンドウを開くと、死角を補うようにしてあらかじめ配置しておいた同モデルの狙撃銃にサインを送る。直後、その銃から弾丸が発射され、またひとり頭を破裂させて絶命する。
―主人(エルヴィン)の命令(オーダー)は、【首領であるダビッド以外の銃を向けた人間は、すべて排除しろ】である。
月仁はまた狙撃銃を構えると、ただ淡々とその命令(オーダー)を遂行していった。
********
――それは、あまりに一方的な展開であった。
ランディが、ではない。頭数で圧倒的有利のはずのヨゼフたちガルドーネファミリーの面々が押されているのである。
開戦と同時にまずランディは手前の二人の脳天に風穴を開ける。その隙をついて対角線上から狙いをつけた男の弾は、しかしランディには当たらずその前にいた仲間の胸に吸い込まれる。首をひねるだけで回避したランディはそのまま体を反転、さらに3人を屠る。
銃撃戦では不利とよんだ男の1人がナイフに持ち替え接近戦を試みるが、ナイフを持った腕ごと振り回されると、そのまま仲間のところへ遠心力でふっ飛ばされる。そこでまた3人の頭を粉砕する。
この時点で弾数は8発。ランディの持つ回転式拳銃の装填数であり、再装填が必要になる。
しめたとばかりに一気に距離を詰め始末にかかろうとした男達は、ランディが引き抜いたもう一丁の拳銃の餌食となった。
――気がつけば、生きているのはルカとヨゼフ、そして銃口から白煙をのぼらせている2色の回転式拳銃を持ったランディのみであった。
だがルカの耳には、その騒音すら届いてはいなかった。
彼は転がった小さな骨を拾うと、ただ呆然と今までの人生を振り返る。
そう、ただ他人に奪われるだけの人生。自分の人生に、意味などなかったのだ――と。
ふと、コンクリートを見ると、いつの間に落としたのか、そこには長年使い続けたナイフが転がっていた。
彼はなにかに取り憑かれたように、そのナイフに手を伸ばした。
ヨゼフは目の前の【現実】を疑った。
十数人はいたであろう部下が、全員コンクリートの上に転がって息絶えている。そんな現実を。
彼はたまらずその場から逃げ出そうとするが、それを見逃すランディではない。おもむろに拳銃をあげると、無慈悲に放たれた銃弾はヨゼフの右腿に被弾する。
聞いたこともない悲鳴があがる。しかし、その悲鳴を聞いてもランディの表情は動かない。まるでなんの害もない虫をみるかのような無表情であった。
「お前を生かすために武器をとった部下に対して、何も思うところはねぇのかてめぇは」
依然狂ったような声をあげるヨゼフに歩み寄ると、ランディはそう言い捨てた。
「そ、そのガキが気に入ったんならいくらでもくれてやるよ!!だから、なぁ、見逃してくれよ!!」
「俺を口説くなら、もう少し言葉を選んでこい」
銃口をヨゼフの頭にあわせる。
「俺もすぐにそっちに行ってやるから、先に行って待ってろや、Darling」
断末魔と共に、最後の銃声が響き渡った。
ヨゼフが自身の血溜まりに崩れ落ちるのを見届けると、ランディは乱射して熱を持った2丁の拳銃を腰のホルスターに戻す。
『予想以上に人数がいたな…処理の時にまたツキヒトに怒られる』
そう頭でぼやきながら周囲を見回す。
乱戦の中でルカの姿を見失ってしまった。しかし開けた倉庫内で、彼の姿はすぐに捉えることが出来た。
視線の先には、手にしたナイフを自身の首にあてがう、虚ろな目をした少年の姿があった。
「ごめん、リーナ――」
ランディの制止も虚しく、ルカは手にしたナイフで自身の首を切り裂いた。
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